-
クラシックからベルト唱法への移行とリスク
クラシック発声を基盤として訓練を積んできた女性歌手が、ミュージカルやポップス(CCM)に挑戦する際に直面する大きな課題のひとつが「ベルト唱法」への適応です。 クラシックの声区操作や共鳴戦略をそのまま用いてベルトを試みると、過剰な声門閉鎖・喉頭挙上・喉周囲筋の緊張を伴い、筋緊張性発声障害(MTD)に発展する危険性があります。 これは臨床的にもよく見られる問題であり、ジャンル移行が単なる「スタイルの違い」ではなく、生理学的にまったく異なる発声パターンへの再学習を要する複雑な課題であることを示しています。 桜田ヒロキ考察 桜田ヒロキは、クラシックの声区制御をそのまま残してベルトを試みる女性歌手を多く見てきました。 多くの場合、喉頭を無理に押し上げてしまう「代償パターン」が身体に染みつき、喉頭全体の過緊張に繋がります。 特に女性のクラシック発声とベルト発声の違いは、甲状被裂筋(TA)の介入の度合いにあります。 ベルトでは TA の介入によって声門閉鎖率(CQ)が上昇し、声区チェンジの位置自体が高く設定されます。 しかし、TA の関与が弱いまま「地声的な音色」を作ろうとす… 続きはこちら≫
-
音域の本当の見方 — VRPが教える“使える声
- 2025.08.11
- ボイストレーナー育成 ミックスボイス 声の健康法 歌手のための音声学
ブログ「オーディションでの音域の欄。あなたはどう書く?」が大変好評でしたので、今回はさらに専門性を高めた視点からお話しします。 テーマは「VRP(Voice Range Profile)」 単なる音域が「ここから、ここまで」では見えてこない、本当に使える声の評価方法について解説します。 オーディションの音域欄、本当に意味がある? 多くのオーディション用紙には「音域」の記入欄があります。 例:地声はG3〜E5、裏声は…といった具合です。 しかし、この数字だけでその人の歌唱力や適性を正確に判断できるでしょうか? 音楽ジャンル(クラシックかCCMか)、メロディのパターン、テッシトゥーラ(楽曲中でよく使う音域)、発音や歌詞の母音、声質の方向性など、影響する要素は非常に多岐にわたります。 そのため、単に「地声でどこまで出る」「裏声でどこまで出る」と書くだけでは、本当の音域は見えてきません。 賭けても良いですが、審査員はこの欄を大した指標にならない事も分かっていると思います。(笑) 現実的な対応(少しだけ皮肉を込めて) とはいえ、応募用紙に空欄は許され… 続きはこちら≫
-
思春期の女性の息っぽい声・声の出しにくさについて
10代前半の女の子のシンガーや俳優をトレーニングしていると、「息っぽい」「地声が出しにくい」という声の悩みに出会うことがあります。これは本人の努力不足ではなく、思春期特有の生理的変化が関わっているケースが多くあります。 息っぽさの主な原因:後部声門ギャップ(posterior glottal gap) 思春期女子の息っぽさは、声門後部の隙間(mutational chink)が主要因の一つとして古くから報告されています(Gackle, 1991)。 これは、披裂間筋(interarytenoid muscle)の収縮が未熟または弱いことで起こる一過性の閉鎖不全です。 特に10〜14歳頃の女子では、喉頭全体の形態がまだ成長途中であり、声帯の長さや厚みは成人女性より短く・薄い状態です。 そのため、閉鎖動作の精度や持久性が低く、息漏れの多い声質(breathiness)になりやすい傾向があります。 実際、健康な若年女性でも後部声門ギャップが高頻度に見られるという内視鏡研究があり(85%以上で観察)、必ずしも病的ではありませんが、歌唱や長時間の発声では効率低下を招くことが示され… 続きはこちら≫
-
ボーカルエクササイズは単なるウォーミングアップ?
- 2024.12.23
- ボイストレーナーのお仕事 ボイストレーナー育成 ミックスボイス
ボーカルエクササイズはなぜ重要なのか? ボーカルエクササイズ、具体的に音階を使ったエクササイズはなぜ必要なのかを理解していますか? 音階を使った発声練習を単なるウォーミングアップと考えているボイストレーナーも少なくありませんが、桜田ヒロキはどのような観点でボーカルエクササイズを行っているのかを解説します。 ウォーミングアップのためだけと考えていないですか? ボーカルエクササイズにはウォーミングアップという側面もあります。 ただ、それには ①歌声の評価法の理解 ②エクササイズの特性の理解 ③エクササイズに対して、その声がどのように反応するかの理解 を熟知しておく必要があります。 ライブやレコーディング前にウォーミングアップを任されることがありますが、それはクライアントとの関係性や、その声とエクササイズに対するリアクションをお互いに熟知しておくことが前提条件になります。 極端な話ですが、初対面のクライアントのレコーディングやライブと言う状況では、どのように声が反応するのか確信が持てずあまりお力になれない可能性があると言う事です。 問題の切り分け、… 続きはこちら≫
-
加齢を物ともしない声を手に入れるためには?パート3
「加齢に負けない声を作るために、最も重要な事は?」と聞かれて直ちに桜田の頭を浮かぶのは「ボーカル・エクササイズを行う事」!だと思います。 特にシンガーが声を衰えさせないためには一定のボイストレーニングは必須になります。 Use it or lose it!(使うか無くなるか!) 身体と同じように、声のトレーニングを続ける事は声の劣化を防ぐ、もしくは声の機能を向上が期待出来ます。 とにかく定期的にトレーニングを行う事が重要で、週3〜6回程度、あなたの目標や重要度に合わせて計画するのが良いと思います。 「カラオケをいつまでも楽しみたい」が望みであれば週2,3回を目標にすれば良いと思います。 「プロフェッショナルなクオリティを維持したい、近づきたい」のであれば週5程度のトレーニングや練習は必要でしょう。 「トレーニング」「練習」「レッスン」 「トレーニング」「練習」「レッスン」を桜田は分けて考えています。 「トレーニング」は、ボイストレーニングを指すことが多く、達成するタスクを明確にしてボイストレーニングを行います。 多くの場合で音階練習、ボーカリーズで行… 続きはこちら≫
-
ボイストレーニングと実際の歌は「異なるもの」なのか?
- 2024.05.28
- ボイストレーナーのお仕事 ミックスボイス
仲良しのボイストレーナーの先輩(アメリカ人)と、僕の同期くらいのトレーナー(イギリス人)がFacebookで議論をしていました。 アメリカ人トレーナー「芸術性の追求の前に声の機能(改善が重要)」と書いたのに対し、 イギリス人トレーナー「双方とも伸ばす必要がある、それらを切り離す事は出来ない」と述べました。 イギリス人トレーナーの書いた文章はこちら 私はそれにあまり同意しません。 史上最もユニークで記憶に残るアーティストの多くは、機械的または技術的に自分自身を構築したわけではありません。 彼らは強いアイデンティティと美学/影響力を持つことから始め、その後訓練を受ける人もいました。 たとえばマイケル・ジャクソンのように。 もしインストラクターがメカニズム優先のアプローチで取り組んでいたら、ここまで素晴らしいアーティストは誕生しなかったと思います。 これはすべてインストラクター次第であり、歌手次第でもあります。 (失敗例として)機械的に歌い人たちにたくさん会ってきたが、彼らは機械的にリードしているからこそ完全に実現可能な美学を見つけることができません。(芸術的… 続きはこちら≫
-
声を強く出力するために声門閉鎖はどのくらいがベスト?
近年のボイトレでは「強い声では声門閉鎖!」と言う風潮があります。 これも一部は正しいのですが、「声門閉鎖が100%行われると声帯は振動しなくなる」と言うのもあり、「良い塩梅が重要」と言うのはなんとなく分かっている方は多いと思います。 何よりも声門閉鎖が強烈に高いと、声帯出血など怪我のリスクが高まりますし、これが癖化すれば過緊張発声、過緊張性発声障害に陥る可能性もあります。 どのくらいが良い塩梅なのでしょうか。 声においてのパワーは、声帯の音と共鳴 声は、声帯で作られた音が、声道(共鳴腔)を通り、出力される母音や声色が出力が決定されます。 詳しくは過去ブログ 「ソースフィルター理論について」についてご覧下さい。 共鳴と声帯と言う観点で声のパワーを考えると声帯で作られる音そのものが、ある程度大きな音である必要はありますし、声道の持つ周波数特性との適合がうまくいく必要もあります。 声門閉鎖によるパワーは喉頭原音(声帯そのものの音)に所属しますので、今日はこちらにフォーカスを置いてみましょう。 息の流れ+声門閉鎖で作られる空気の加圧と減圧の大きさ 大… 続きはこちら≫
-
舌骨上筋群(suprahyoid)の緊張を取る方法
ボーカルマッサージ/ボーカル・マニュアルセラピーの目的は、「美しい声色の取得の助け」「楽な発声の習得の助け」「音域の拡大の助け」など多岐にわたります。 リラックスした発声器官の状態を作り、発声練習や歌唱と言った運動学習の向上の助けにする事により、技術習得を早める事が出来ると考えます。 ボーカルマッサージのターゲットの1つとなる筋肉群の一つが舌骨上筋群になります。 ターゲットの1つとなる筋肉群 舌骨上筋群 舌骨上筋群(suprahyoid)は、 顎舌骨筋(Mylohyoid),顎二腹筋(Digastric),茎突舌骨筋(Stylohyoid),オトガイ舌骨筋(Geniohyoid)の4つの筋肉です。(左右に対になっているのが特徴です) 「舌骨上筋群は、舌骨から頭蓋底または下顎に向けて上方に筋線維が走り、嚥下時には舌骨を介して喉頭を前上方へ引き上げる。(Sagusa 2010)」とあります。 歌唱時においては 1 下顎を後方に引いて口を開く 2 舌骨を介して喉頭を前上方へ引き上げる これらが主な役割になると思います。 顎舌骨筋(Mylohyoid)の図… 続きはこちら≫
-
「強い息」は高い声のトレーニングの手助けになるのか?
「高い声は息の力で出すんだよ!」と言うのは僕も子供時代の音楽の授業で言われた事がありましたが果たしてそうなのでしょうか? 未だにこの様な指導されているボイストレーナーは少なくないと思います。 今回は科学的に「強い息」は高音発声の手助けになるのか?を検証してみようと思います。 肺圧で高音って出せるの? ここに肺圧と声帯の長さと基本周波数(ピッチ)の関係性を表した表があります。 縦軸が基本周波数。横軸が肺圧(息の力)。 そして各声帯の長さ(センチメートル)毎に出る基本周波数を線で表現しています。 この図で見ると非常に興味深い事が見えてきます。 0.5cmの声帯では肺からの圧で約75Hz(E♭2)から最大220Hz(A3)程度まで上昇出来る事がわかります。 それに対して1.2cmの声帯は肺からの強い圧を与えても約225Hz(A3)からほぼ変化しない事がわかります! 声帯が伸びていない低音では肺圧の影響を大きく受ける さきほどの表では声帯が伸びていない、声帯が短い低音では肺圧の影響を音程が受けやすい事がわかります。 なぜこの様な事が起きるのでしょ… 続きはこちら≫
-
「ベルディングの女王」 イディナ・メンゼルの技術を徹底解説
- 2022.11.28
- ミックスボイス
今回はベルティングの女王とも呼ばれるイディナ・メンゼルを解析していきます。 「Defying Gravity」のライブの動画を使っていきます。 これはイディナ・メンゼルが「Wicked」の中でエルファバとして演じているものではなく、ソロアーティストとして歌っているものです。 ですので、微妙に歌い回しが違ったりするので、そこも踏まえてお届けします。 実際、どれくらいの頻度でベルティングを使っているのか?どういう作戦で歌っているのか?というのも面白いと思いますので歌い方と合わせてベルティングについても解説していきます。 動画で挙げたポイントは下記の通り ・歌い始めは伴奏はピアノのみでフリーテンポ。 ・「2note trill down」を使ったりして微妙にフレージングを変えている。ポップスやソウル系のシンガーがやるようなフレーズの作り方などもしていて彼女の音楽能力の高さが見える。 ・バンドインしてからも「8分系のシンコペーション」「3連符系のフレージング」などを使い、メロディにブレーキやフックをけたりして劇場版のフレージングから変えている。 ・… 続きはこちら≫