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なぜ「アーティストの声」は魅力的なのか?- 母音で読み解く「良い歌声」の秘密
なぜアーティスト声は魅力的なのか? 良い歌声とそうでもない歌声はどこに差があるのでしょう? 同じ「あ〜」と歌っているはずなのに、歌声は人によってまったく違って聞こえますよね? 楽譜も歌詞も同じ、音程も同じ。それでも、アーティストの声を聴いた瞬間に「あ、この人の歌声だ」と分かることがあります。 一方で、「音は合っているのに、なぜか上手く聴こえない」と感じる歌もあります。 この違いは、どうやら感覚や好みの問題だけではないようです。 音声学や歌唱研究の視点から整理していくと、その大きな要因の一つが「母音の扱われ方」にあることが見えてきます。 母音は、僕たちが思っている以上に幅が広く、そして歌唱においては極めて重要な役割を果たしています。 「あ」母音は一つではない── 声道(共鳴腔)が変われば、無数の「あ」が生まれる 一般的に、日本語の母音は「あ・い・う・え・お」の5つだと教えられます。しかし、音響的に見ると、「あ」という母音は決して一つの固定された音ではありません。 母音の音色は、声帯で生まれた音が声道を通ることで形成されます。 この声道の形は、喉頭の位… 続きはこちら≫
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歌を歌うのに母音ってなんで重要なの?
歌唱において母音が中心的役割を果たす理由── 発話と歌唱の音響構造を比較しながら考える「良い声」の正体 歌声を聴いたとき、「この人は良い声をしている」と感じる場面は多くあります。 人は専門的な知識がなくても、歌声の魅力を直感的に判断でしています。 よく桜田は良い声、そうではない声はプロが聴くまでもないと言っています。 しかし、その“良い声”を構成している具体的な要素については、感覚で語られることが多く、科学的な裏付けが十分に共有されていない場合もあります。 音声学や歌唱における音声科学の研究を踏まえて整理していくと、歌声の印象に最も大きな影響を持つのは母音であるという構造が見えてきます。音程、強弱、ビブラート、リズム、フレーズ感など、歌唱を形づくるさまざまな要素はもちろん重要ですが、その根底にある音色(tone)を決定しているのは母音であり、母音の質が歌声全体の魅力を大きく左右しています。 歌唱における母音の役割を理解するためには、発話と歌唱の音響的な違い、さらに言語ごとの特徴やジャンルごとのスタイルを整理していく必要があります。本ブログでは、これらを専門的な観… 続きはこちら≫
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ボーカル・ウォーミングアップの科学 2 -クールダウンとは?
第2話:ウォーミングアップとクールダウンの科学的メリット 声を「温める」ことと「冷ます」ことの両輪。 ウォーミングアップは歌うための準備。一方、クールダウンは歌った後の回復のための発声です。身体の筋肉と同様に、声の使用後にも「ゆるやかに収束させるプロセス」が必要であることが、近年の音声科学で明らかになってきました。 声は筋活動・血流・粘膜の協調によって成立する精密な運動です。それゆえ、過剰な使用の後に“何もせず止める”ことは、激しい運動後にストレッチを省くことと同じくらいリスクがある。声帯粘膜や外喉頭筋群が緊張したまま睡眠に入ると、翌朝の発声立ち上がりが重くなり、音域や響きに影響を及ぼします。 本章では、クールダウンで実際に起こる生理的変化、研究による効果、そして桜田が現場で観察してきた回復プロセスを紹介します。 さらに後半では、英国Voice Care Centreなどでも注目されるサーカムラリンジャル(ボーカルマッサージ)を、クールダウンと並ぶ回復手法として位置づけ、科学的根拠と実践的意義を考察します。 クールダウンとは何か? その目… 続きはこちら≫
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空気の流量と声門下圧のバランス ― 効率的なベルティングとは?
Airflowと声門下圧のバランス ― 効率的で安全なベルティングの鍵 歌声における声量は「力」ではなく「戦略的な設計」で成される 多くの若手歌手やミュージカル俳優が「声量を出せば良い声が出せる」「大きな声=良い声、響く声」と信じています。 しかし、実際に研究を調べたり、桜田のスタジオで観察している限り、この考え方は誤解を生みやすいものです。 ごく一部のプロフェッショナルシンガーでは、爆音に近い声量と美しい響きが両立しています。 しかしそれは、発声システムが非常に緻密に設計され、呼吸圧・声門閉鎖・共鳴が最適化された“例外的な個体”に限られます。 これはいわゆる先天的に”声を持っている”人に限定される可能性が高く、それ以外の歌手はなんらかの方法で、その声に近づけるように努力をする必要があります。 若手シンガーが「大きく歌おう」として声門下圧を上げすぎると、 声帯に過剰な衝突ストレスが生じ、先ず音色が崩壊します。そして短期間で疲労・炎症・嗄声を招くことが少なくありません。 実際に桜田の現場でも、ミュージカル志望の若手俳優が「もっとパワーを」… 続きはこちら≫
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”力強いベルティング”発声は本当に、大きな声なの?
”力強いベルティング”発声は本当に、大きな声なの? プロ歌手の歌唱をYouTube等で観てコメントに「すごい声量だ!」と書き込みを良く見かけます。 プロフェッショナルを多く担当しているボイストレーナーとしては、「それは歌手本人のパワフルな”声色”にだまされているかもしれません」と思います。 桜田自身でも、その声が実際に声量があるかどうかは、マイクの無い状態で、目の前で歌声を聞かないと実際の音量(音圧/SPL)は分からないのです。 実際、プロフェッショナル歌手の中でも発声音量(SPL)には大きなばらつきがあります。 ライブやレコーディングでは“爆音”に聞こえる歌手でも、実際に生の声を数メートルの距離で聴くと「意外と小さい」と感じるケースは少なくありません。この「知覚される声の強さ」と「実際の音量」は、必ずしも一致しないのです。 声門下圧(Ps)が 1.0〜1.2 kPa(約10〜12 cmH₂O) を超えると、声帯粘膜の柔軟な振動モードが制限されることが報告されています(Titze, 2000; McHenry et al., 2009)。 声門下圧が高すぎ… 続きはこちら≫
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シリーズ総括! 結局ミックスボイスって何?
結局ミックスボイスって何?― 声区・音響・筋肉の科学から解説 「ミックスボイス」という言葉は、今やボイストレーニングの現場でもっとも多く使われる用語のひとつです。 しかし実際のところ、ミックスボイスとは何を意味するのか、その定義は人によって大きく異なります。 地声と裏声の“中間”という説明だけでは、歌唱時に起こっている現象のごく一部しか説明できません。 このシリーズでは、声帯振動(source)と声道共鳴(filter)の両面から、ミックスボイスを科学的・生理学的に整理し、歌唱・教育・リハビリテーションの視点から多角的に分析しました。 ここでは全9話の要点を振り返りながら、シリーズ全体の流れをひとつの“発声理論地図”としてまとめます。 第1章:ミックスボイスとは何か? ― 定義と誤解 「地声」「裏声」「ヘッド」「ファルセット」などの言葉が混在することで、学習者の混乱が生じやすくなっています。 ミックスボイスを理解するためには、まず用語の共通認識と言語の擦り合わせが欠かせません。 桜田は現場で「地声」「裏声」といった音の結果をイメージ… 続きはこちら≫
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結局ミックスボイスってなに?第9話:ベルティングの実践法
第9話:Cストラテジーの実践 ― F₂主導のあ母音と音量制御の科学 ベルティング(Cストラテジー)とは何か 現代ポップスやミュージカルのベルティング唱法を科学的に説明しようとしたとき、避けて通れないのがRichard Lissemore氏、論文内のCストラテジーという概念です。これはRichard Lissemore(2019)が提唱したA〜Dストラテジーモデルのうち、F₁(第一フォルマント)がf₀(基本周波数)より下に位置する声道設計を指します。 言い換えると、声帯の基本振動(source)と声道の主共鳴(第1共鳴/filter)が整合しない状態で、代わりにF₂(第二フォルマント)を主たる共鳴源として利用する発声法です。 クラシックの発声がF₁主導で声帯のエネルギーを声道が補助するのに対して、Cストラテジーでは声帯が自律的に振動し、声道はその結果を整える音色デザイン装置として機能します。この違いが、クラシックとCCM(Contemporary Commercial Music)の音響的・生理的な最大の分岐点となります。 つまりCストラテジー(ベルティング… 続きはこちら≫
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結局ミックスボイスってなに?第8話:ジャンル別発声ストラテジー
第8話:ジャンル別音響ストラテジーの実践 ― クラシックとCCMの声道設計 同じ「高音」でも何が違うのか? 高音を出すという行為は、ジャンルを問わず歌唱者の大きな課題です。しかし、クラシックとCCM(Contemporary Commercial Music)では求められる「高音のあり方」が異なります。両者は単なるスタイルの違いではなく、音響的な目的そのものが異なるのです。 クラシックではホール全体に声を響かせる「音響投射」が目的であり、フォルマント(共鳴帯)を倍音に整合させる声道設計が求められます。一方、CCMではマイクの使用が前提となり、音量よりも音色の明瞭さと声色のキャラクターを優先します。そのため、声道の調整方法やフォルマントの使い方がまったく異なる方向に発展してきました。 余談ですが、、、声楽家の女性がミュージカル(CCM)に上手にアジャスト出来ない原因は、既に(ある程度)完成した発声法から離れる事が出来ないため、「大きな声で豊かに出さなくては・・・。」と思い、声道内の音響ストラテジーを変える事が出来ない事が大きな原因となり得ます。音響ストラテジーはクラシ… 続きはこちら≫
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結局ミックスボイスってなに?第7話:声道共鳴とレジスター移行
Richard Lissemoreの研究から見える新しい発声の地図 研究背景と目的 ボイストレーニングの現場では、「地声と裏声の切り替え」「ブレイクをなくす」といった言葉が日常的に使われます。 多くの指導では、これを筋肉バランスの問題として扱い、TA(甲状披裂筋)とCT(輪状甲状筋)の拮抗を中心に説明します。 しかし、Richard Lissemore博士の研究では、この「声区移行」という現象をまったく違う視点から分析しました。 彼が注目したのは、声道共鳴(resonance tuning)。 つまり「喉の中でどう響きを作るか?」が、声区をまたぐときの安定性を決定づけているという視点です。 Lissemoreの研究は、Sundberg(1987)のクラシック発声の音響解析、そしてTitze(2008)のsource–filter coupling理論を基盤にしています。 Titzeは「声帯と声道は独立していない」と述べましたが、Lissemoreはその理論を歌唱実験で実証した最初の一人です。 彼の目的は明確でした。 「優れた歌手(… 続きはこちら≫
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結局ミックスボイスってなに?第6話ー音響的ストラテジー
第6話:音響的ストラテジー ― 声区とフォルマントの関係を科学する 声区移行は筋肉だけで説明できない 多くのボイストレーニングでは、声区(レジスター)の切り替えを「筋肉(TAとCT)の拮抗」で説明する。これは重要だが十分ではない。発声は声帯が作る周期振動(source)と、声道がもつ共鳴(filter)の相互作用で決まり、声区の滑らかな移行=パッサージョは筋生理学的パッサージョ(source passaggio)と音響的パッサージョ(filter passaggio)の一致が成立してはじめて実現する。 現場で「E4で声がひっくり返る」「母音を変えると抜ける」といった訴えが起きるとき、単なる筋力不足ではなく、倍音とフォルマントの不整合が背景にあることが少なくない。(本当に・・・!!!) したがって、ボイストレーナーは筋の指導だけでなく、共鳴設計という音響的観点を併せて扱う必要があります。 Lissemoreの知見:Inter-harmonic Tuning リチャード・リスモアは、特にソプラノの第2パッサージョ(おおむねE5〜G5)に焦点を当て、声道の第1フォルマ… 続きはこちら≫





