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歌手の機能性発声障害 第3話:機能性発声障害(MTD)の理解と歌手への影響
第3話:機能性発声障害(MTD)の理解と歌手への影響 「声が出にくい」「高音になると急に詰まる」 歌手や声優など、声を職業にしている人の間で頻繁に耳にする悩みです。 声帯結節やポリープのように器質的な変化があれば診断は比較的容易ですが、実際には検査上は異常が見られないケースも多く存在します。 日本ではこのようなケースに「機能性発声障害」という診断名がつけられるのが一般的です。 国際的には「Muscle Tension Dysphonia(MTD, 筋緊張性発声障害)」と呼ばれます。 本稿では、機能性発声障害について定義や分類を整理しつつ、歌手や声優にとってなぜ大きな壁になるのかを考察していきます。 さらに、治療やボイストレーニングによるハビリテーションの可能性についても研究を交えて解説します。 1. 機能性発声障害(MTD)の定義と分類 機能性発声障害とは、声帯に器質的な異常がないにもかかわらず、声を出す機能に問題が生じる状態を指します。国際的にはMuscle Tension Dysphonia(MTD)がその代表であり、特に声を酷使する職業(… 続きはこちら≫
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歌手の機能性発声障害 第2話:歌手の発声障害ってなぜ治療やリハビリが難しい?
歌手と発声障害の診断が難しい理由 「病院に行ったけれど“異常なし”と言われた」—— 歌手や声を専門的に使う人たちの間で、こうした声は少なくありません。 実際、歌手の多くは日常会話ではほとんど不自由を感じないにもかかわらず、歌唱を始めた途端に息漏れや過緊張、声の途切れといった問題が露わになります。 ところが、医師や言語聴覚士の臨床検査は「話声」を前提としていることが多いため、こうした症状は「検査上は異常なし」とされてしまうのです。 本稿では、なぜ歌手の発声障害が診断しにくいのか、その背景を整理し、研究知見と実例を交えながら解説していきます。歌手本人やボイストレーナー、そして医療関係者にとっても重要な視点となるでしょう。 [caption id="attachment_2077" align="aligncenter" width="300"] [/caption] 1. 芸術性を理解できない医療的評価の限界 発声障害の診断は、耳鼻咽喉科医や言語聴覚士がストロボスコピーや内視鏡、音響解析を用いて行います。 ところが、その評価基準はあくまで「日常… 続きはこちら≫
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歌手の機能性発声障害 第1話:発声障害とは?歌手が知るべき基礎知識
発声障害とは?歌手が知るべき基礎知識 「声が詰まりやすい」 「高い声が出しづらい」 こうした悩みを抱えてレッスンにいらっしゃる方は少なくありません。 通常の話し声ではほとんど気にならなくても、歌い出した途端に息漏れや過緊張が現れる。 歌手にとっては声帯の内転(閉鎖)クオリティ(強すぎず弱すぎず)が非常に重要であり、極端な音域や強弱・音色操作といった高度な歌唱環境下では、わずかな乱れが即座に「発声不可能」な状態を引き起こすこともあります。 その背景に潜んでいるのが「発声障害」です。 本記事では、その基本を整理しつつ、歌手ならではの視点から理解を深めていきます。 発声障害の定義と大分類 発声障害(voice disorders)とは、声を出すための仕組みが適切に働かず、本人や周囲が「声が異常だ」と感じる状態を指します。 大きくは以下の3つに分類されます。 1. 器質性発声障害(Organic Voice Disorders) 声帯結節、ポリープ、声帯麻痺、萎縮など、解剖学的・神経学的な異常が原因。 … 続きはこちら≫
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高音の地声って何で難しいの?第6話 声門閉鎖と声帯疲労
第6話:声門閉鎖と声帯疲労 ― 強すぎても弱すぎても起こるリスク 歌手や俳優にとって、声帯の疲労(vocal fatigue)は日常的な問題です。 「高音を繰り返した後に声が出にくくなる」「リハーサルの翌日は声が重く感じる」といった経験は、多くの現場で共有されています。 一般的には「閉鎖が強すぎる=押し声が疲れの原因」と認識されがちですが、実はその逆、「閉鎖が弱い状態」でも疲労は起こります。 つまり、声門閉鎖が強すぎても弱すぎても声帯疲労を引き起こすリスクがあるということです。 本記事では、この二方向のリスクを研究と実践の両面から整理し、ボイストレーニングの現場でどう活かせるかを考えます。 声帯疲労とは何か 声帯疲労(vocal fatigue)は、Hunter & Titze(2009)によると「声の産出効率が低下し、努力感や違和感を伴う状態」と定義されます。 これは単なる「疲れた感じ」ではなく、実際に声帯組織や内喉頭筋が負荷を受け、回復に時間がかかる生理的現象です。 [caption id="attachment_2030" align="alignc… 続きはこちら≫
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高音の地声って何で難しいの?第3話 -声門閉鎖の計測と聴こえ方
第3話:声門閉鎖の計測と耳のつながり 声門閉鎖を理解するうえで欠かせないのが「数値化」です。 歌手やボイストレーナーの耳は確かに鋭いものですが、感覚や比喩だけでは客観性に欠けます。 研究分野では、声門閉鎖の状態をアコースティック指標や音響分析、さらに生理学的計測によって把握することが一般的になってきました。 ここでは代表的な方法であるH1–H2、CPP、HNR、そしてEGG(電気声門図)を取り上げ、耳で聴く声の印象とどのように対応しているのかを整理していきます。 H1–H2(第1・第2倍音差) H1–H2は、声のスペクトルにおける第1倍音(基音)と第2倍音の強さの差を示す指標です。 H1が強く、H2との差が大きい → 息っぽい声、閉鎖が弱い声。裏声的な発声戦術ともいえます。ポップスやR&Bでは、この傾向をあえて利用して柔らかいニュアンスを作ることもあります。 H2が強く、差が小さい(またはマイナスになる) → 閉鎖が強く、芯のある声。 これは物理的に、声帯がしっかり閉じていると高次倍音が多く発生し、音の情報量が増すためです。 逆に閉鎖が甘いと… 続きはこちら≫
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高音の地声って何で難しいの?第2話 ― 息漏れの正体
第2話:LCA/IAと後部間隙 ― 息漏れの正体 「高音は出るのに中音域が息っぽい」「声量はあるのに地声ぽく聞こえない」「ピッチは正確なのに芯がなく聞こえる」。 これはボイストレーニングの現場で頻繁に耳にする悩みです。特に女性に多い悩みのようです。 原因を探っていくと、単なるTAとCTのバランスだけでは説明がつかないケースが少なくありません。 そこで浮かび上がるのが、後部間隙(posterior glottal gap)です。 声帯の膜様部はきちんと接触しているのに、披裂部の後端が閉じきらない。 わずかな隙間から息が漏れ、それが音質に影響を与える。 この現象こそが「息っぽさ」の正体のひとつです。 解剖とメカニズム 声帯閉鎖を司るのはTAとCTの拮抗だけではありません。 LCA(外側披裂筋)とIA(横・斜披裂筋)という補助筋群が大きな役割を果たしています。 LCAは披裂軟骨の声帯突起を内側に引き寄せ、膜様部の接触を強めます。 IAは披裂軟骨同士を寄せ、後部を閉鎖します。 つまり、LCAが「突起を寄せる」、IAが「後ろの隙間を塞ぐ」ことでし… 続きはこちら≫
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声の加齢変化― 男性と女性の比較
声の加齢変化(第4回)― 男性と女性の比較 加齢によるシリーズの目次はこちら 加齢と声の関係:歌手にとって避けて通れない課題を考える 男性歌手必見!男声の加齢による変化とは? 女性の声の加齢変化(第1話)― 低音化とその原因 女性の声の加齢変化(第2話)― 影響と研究から見える現実 女性の声の加齢変化(第3話)― 対策とハビリテーションの実践 声の加齢変化― 男性編 詳細解説 はじめに:男女で逆方向に進む声の加齢 加齢によって声が変わることは誰にでも起こる自然な現象ですが、その変化の方向性は男女で大きく異なります。男性は年齢を重ねると声が少しずつ高くなるのに対し、女性は逆に声が低くなるのです。 この現象は単なる個人差ではなく、解剖学・ホルモン・筋力・呼吸機能、そして文化的背景の複合的な影響によるものです。 ここでは、研究の知見を踏まえながら「なぜ男女で異なる変化が起こるのか」を整理し、歌手やボイストレーナーが現場で活かせる視点を探ります。 解剖学的な差異 男女の声帯はもともと構造や大きさが異なります。 男性の声帯は長く厚みがあり、甲状軟骨(のど仏… 続きはこちら≫
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声の加齢変化― 男性編 詳細解説
声の加齢変化(第5回)― 男性編 詳細解説 はじめに:男性の声に何が起きるのか 加齢によって声が変化することは避けられません。 女性では低音化が顕著に現れますが、男性はやや異なる方向性を示します。 一般に「声が高くなる」と言われますが、それ以上に現場で強く訴えられるのは声量の低下・掠れ・持久力の低下です。 さらに多くの男性歌手からは「高音が出にくくなった」という声も聞かれます。 女性の場合はホルモン変化によって声の高さそのものが下がるのに対し、男性では声のパワーと声門閉鎖の安定性が失われることが中心的な課題になります。 本稿では、研究と臨床の両面から男性特有の加齢声の特徴を整理し、トレーニングやハビリテーションの具体策を探ります。 男性の加齢声の特徴 声量の低下 加齢により声帯の内転力が弱まり、息漏れが増えることで声が細く、届きにくい声になります。これが「昔のような力強さが出ない」という感覚につながります。 掠れや粗さ 声帯筋の萎縮によって声帯が薄くなり、振動が不規則になります。いわゆる「掠れ声」「ガラガラ声」が生じやすく、これが老化の象徴と… 続きはこちら≫
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女性の声の加齢変化(第2話)― 影響と研究から見える現実
女性の声の加齢変化(第2話)― 影響と研究から見える現実 音域喪失がもたらす現実的な影響 加齢による女性の声の低音化は、単に声が下がるという現象にとどまりません。 最大の問題は高音域の喪失です。 これまで歌ってきた楽曲を原曲キーで歌えなくなる、舞台で声が抜けずに通らなくなるといった現実的な困難に直面します。 クラシックのアリアだけでなく、ポップスの代表曲やミュージカルの主要ナンバーも同様で、キャリアを築いてきた歌手ほど「自分の歌が自分の声で歌えなくなる」というギャップに苦しみます。 キーを下げれば歌い続けることは可能ですが、観客が慣れ親しんできた楽曲の印象は変わり、本人にとっても「自分らしさが失われる」という心理的ダメージが大きいのです。 声質の不安定さと疲れやすさ 低音化に加えて、声質そのものが変化します。声が暗く太くなるだけでなく、粗さ(roughness)が増し、発声の安定性が失われます。 高齢者の音声では強度や安定性の低下が観察されており、歌手にとっては「ロングフレーズで声が続かない」「表現の細部で声が揺れる」といった問題として現れます。 さ… 続きはこちら≫
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女性の声の加齢による変化(第1話)― 低音化とその原因
女性の声の加齢変化(第1話)― 低音化とその原因 はじめに:男性と女性の対照的な変化 声は年齢を最も顕著に映しだします。 男性は高齢になると声がやや高くなるのに対し、女性は反対に声が低くなる傾向を示します。 特に女性の声の変化は、歌手にとって致命的な問題となることがあります。 なぜなら、女性歌手の多くは広い音域を求められ、その中でも高音域はキャリアを左右するほど重要だからです。加齢による低音化と高音域喪失は、ただの「声の老化」ではなく、芸術表現や職業生命に直結する深刻なテーマなのです。 こうした問題に直面したときに、多くのアーティストが頼るのが専門的なボイストレーニングです。ボイストレーニングは単なる技術習得にとどまらず、加齢による変化を理解し、声を使い続けるための「再設計」のプロセスでもあるのです。 女性の声はなぜ低音化するのか 加齢に伴う声の変化の中で、女性に最も顕著に見られるのが声の低音化です。 複数の研究で、女性は加齢とともにF0(基音周波数/ピッチ)が下がることが確認されています。Vorperianら(2018)は、広範な… 続きはこちら≫





