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結局ミックスボイスってなに?第8話:ジャンル別発声ストラテジー
第8話:ジャンル別音響ストラテジーの実践 ― クラシックとCCMの声道設計 同じ「高音」でも何が違うのか? 高音を出すという行為は、ジャンルを問わず歌唱者の大きな課題です。しかし、クラシックとCCM(Contemporary Commercial Music)では求められる「高音のあり方」が異なります。両者は単なるスタイルの違いではなく、音響的な目的そのものが異なるのです。 クラシックではホール全体に声を響かせる「音響投射」が目的であり、フォルマント(共鳴帯)を倍音に整合させる声道設計が求められます。一方、CCMではマイクの使用が前提となり、音量よりも音色の明瞭さと声色のキャラクターを優先します。そのため、声道の調整方法やフォルマントの使い方がまったく異なる方向に発展してきました。 余談ですが、、、声楽家の女性がミュージカル(CCM)に上手にアジャスト出来ない原因は、既に(ある程度)完成した発声法から離れる事が出来ないため、「大きな声で豊かに出さなくては・・・。」と思い、声道内の音響ストラテジーを変える事が出来ない事が大きな原因となり得ます。音響ストラテジーはクラシ… 続きはこちら≫
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結局ミックスボイスってなに?第6話ー音響的ストラテジー
第6話:音響的ストラテジー ― 声区とフォルマントの関係を科学する 声区移行は筋肉だけで説明できない 多くのボイストレーニングでは、声区(レジスター)の切り替えを「筋肉(TAとCT)の拮抗」で説明する。これは重要だが十分ではない。発声は声帯が作る周期振動(source)と、声道がもつ共鳴(filter)の相互作用で決まり、声区の滑らかな移行=パッサージョは筋生理学的パッサージョ(source passaggio)と音響的パッサージョ(filter passaggio)の一致が成立してはじめて実現する。 現場で「E4で声がひっくり返る」「母音を変えると抜ける」といった訴えが起きるとき、単なる筋力不足ではなく、倍音とフォルマントの不整合が背景にあることが少なくない。(本当に・・・!!!) したがって、ボイストレーナーは筋の指導だけでなく、共鳴設計という音響的観点を併せて扱う必要があります。 Lissemoreの知見:Inter-harmonic Tuning リチャード・リスモアは、特にソプラノの第2パッサージョ(おおむねE5〜G5)に焦点を当て、声道の第1フォルマ… 続きはこちら≫
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結局ミックスボイスってなに?第5話ー声区と声道共鳴の相互作用
第5話:声区と声道共鳴の相互作用 ― パッサージョの科学 歌手にとってパッサージョ(Passaggio)という言葉ほど、神秘的であり、かつ実践的なテーマはないかもしれません。イタリア語で「通過点」「橋渡し」を意味するこの言葉は、声区(レジスター)の境界を指すだけでなく、生理学的な声帯レベルでの現象(source passaggio)と声道・音響的な現象(filter passaggio)の二重構造を持つ非常に複雑なトピックです。 英語では(ブリッジ)Bridgeと呼ばれる事もあります。 「母音を変えると抜ける」「声がひっくり返る」――これらの現象の裏には、筋活動と共鳴が同時に変化する高度な協調運動が存在しています。本稿では、このパッサージョを生理学的・音響学的両面から整理し、ボイストレーナーや歌手が現場で理解・応用できる形で解説します。 生理学的パッサージョ(Source Passaggio) 声区移行の第一の要因は、声帯自体の筋活動の切り替えです。声帯を構成する主要筋は、TA(甲状披裂筋)とCT(輪状甲状筋)の2つ。TAは声帯を短く・厚くし、CTは長く・薄く・張… 続きはこちら≫
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声門閉鎖と高音発声を理解する ― シリーズ総まとめ
声門閉鎖と高音発声を理解する ― シリーズ総まとめ 高音域で芯のある声を出すことは、多くの歌手にとって大きな課題です。 「高音になると急に息っぽくなる」「裏声のように弱々しい」「ベルティングのように力強く出せない」。 こうした悩みの裏側には、声門閉鎖のメカニズムと、それを支える筋肉のバランスが深く関わっています。 本シリーズでは、最新の研究と桜田の現場経験をもとに、声門閉鎖と高音発声の関係を解き明かしてきました。 ここでは全エピソードを振り返りながら、学びを整理してみましょう。 第1話:声門閉鎖率と音質 ― TAとCTの拮抗 声門閉鎖率(Contact Quotient)は、声の息っぽさや芯の強さを左右する大きな要素です。 TA(甲状披裂筋)とCT(輪状甲状筋)の拮抗バランスが変わることで、声門閉鎖の強弱が決まり、結果的に音質が変化します。 H1–H2やCPPといった音響指標の基礎を紹介し、科学的に「芯のある声」と「息っぽい声」の違いを整理しました。 第2話:LCA・IAと後部間隙のメカニズム 高音発声で息が混ざる大きな原因のひとつが「後部間隙… 続きはこちら≫
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高音の地声って何で難しいの?第6話 声門閉鎖と声帯疲労
第6話:声門閉鎖と声帯疲労 ― 強すぎても弱すぎても起こるリスク 歌手や俳優にとって、声帯の疲労(vocal fatigue)は日常的な問題です。 「高音を繰り返した後に声が出にくくなる」「リハーサルの翌日は声が重く感じる」といった経験は、多くの現場で共有されています。 一般的には「閉鎖が強すぎる=押し声が疲れの原因」と認識されがちですが、実はその逆、「閉鎖が弱い状態」でも疲労は起こります。 つまり、声門閉鎖が強すぎても弱すぎても声帯疲労を引き起こすリスクがあるということです。 本記事では、この二方向のリスクを研究と実践の両面から整理し、ボイストレーニングの現場でどう活かせるかを考えます。 声帯疲労とは何か 声帯疲労(vocal fatigue)は、Hunter & Titze(2009)によると「声の産出効率が低下し、努力感や違和感を伴う状態」と定義されます。 これは単なる「疲れた感じ」ではなく、実際に声帯組織や内喉頭筋が負荷を受け、回復に時間がかかる生理的現象です。 [caption id="attachment_2030" align="alignc… 続きはこちら≫
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高音の地声って何で難しいの?第5話:ベルティングとジャンル差
第5話:ベルティングとジャンル差 ― 女性クラシック vs 女性CCM 「高音をどう出すか」は、ジャンルごとにまったく異なるゴールを持っています。 クラシックのソプラノと、ミュージカルやポップスのシンガー。 同じ「高音域の発声」でありながら、その音色・響きは大きく異なります。 ボイストレーニングの現場でも 「クラシックで学んだ発声をポップスに応用したら息っぽくなった」「ベルティングの練習したら単なる叫び声になった」という声は少なくありません。 ここには、ジャンル特有の声門閉鎖戦略と声道調整の違いが存在します。 そしてこの違いを理解することは、ボイストレーナーが生徒に適切な指導をする上で極めて重要です。 クラシック(女性ソプラノ)の戦略 [caption id="attachment_2081" align="aligncenter" width="300"][/caption] 女性クラシック発声の基本は輪状甲状筋(CT)主導です。 声帯を長く・薄くストレッチし、CTの働きによってF0(ピッチ/基本周波数)を上昇させます。 このときTAの関与は控えめ… 続きはこちら≫
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高音の地声って何で難しいの?第4話:芯のある高音発声のメカニズム
第4話:CTとTAの相互作用 ― 芯のある高音発声のメカニズム 歌手にとって「高音域で芯のある声をどう出すか」は大きなテーマの一つです。 ボイストレーニングの現場では「高音になると急に息っぽくなる」「裏声のように弱々しくなってしまう」「ベルティングのような強い高音が出せない」といった悩みが頻繁に聞かれます。多くのボイストレーナーも、生徒から寄せられる最も大きなリクエストのひとつとして「高音でも地声的な存在感を保ちたい」というニーズに向き合っています。 このテーマの理解に欠かせないのが、CT(輪状甲状筋)とTA(甲状披裂筋)の相互作用です。 従来の説明では「高音=CT、低音=TA」という単純な二分法が語られることも多いですが、実際の発声はそれほど単純ではありません。 とくに高音での芯のある発声(地声的高音)は、CTだけではなくTAの「適度な関与」が鍵になります。 CTとTAの役割の基本 CT(輪状甲状筋)は声帯を前後に引き伸ばし、長く・薄く・張りの強い状態にします。これによって基本周波数(F0)が上昇し、ピッチを高める主役的な筋肉です。 CTは声帯をス… 続きはこちら≫
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高音の地声って何で難しいの?第3話 -声門閉鎖の計測と聴こえ方
第3話:声門閉鎖の計測と耳のつながり 声門閉鎖を理解するうえで欠かせないのが「数値化」です。 歌手やボイストレーナーの耳は確かに鋭いものですが、感覚や比喩だけでは客観性に欠けます。 研究分野では、声門閉鎖の状態をアコースティック指標や音響分析、さらに生理学的計測によって把握することが一般的になってきました。 ここでは代表的な方法であるH1–H2、CPP、HNR、そしてEGG(電気声門図)を取り上げ、耳で聴く声の印象とどのように対応しているのかを整理していきます。 H1–H2(第1・第2倍音差) H1–H2は、声のスペクトルにおける第1倍音(基音)と第2倍音の強さの差を示す指標です。 H1が強く、H2との差が大きい → 息っぽい声、閉鎖が弱い声。裏声的な発声戦術ともいえます。ポップスやR&Bでは、この傾向をあえて利用して柔らかいニュアンスを作ることもあります。 H2が強く、差が小さい(またはマイナスになる) → 閉鎖が強く、芯のある声。 これは物理的に、声帯がしっかり閉じていると高次倍音が多く発生し、音の情報量が増すためです。 逆に閉鎖が甘いと… 続きはこちら≫
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高音の地声って何で難しいの?第2話 ― 息漏れの正体
第2話:LCA/IAと後部間隙 ― 息漏れの正体 「高音は出るのに中音域が息っぽい」「声量はあるのに地声ぽく聞こえない」「ピッチは正確なのに芯がなく聞こえる」。 これはボイストレーニングの現場で頻繁に耳にする悩みです。特に女性に多い悩みのようです。 原因を探っていくと、単なるTAとCTのバランスだけでは説明がつかないケースが少なくありません。 そこで浮かび上がるのが、後部間隙(posterior glottal gap)です。 声帯の膜様部はきちんと接触しているのに、披裂部の後端が閉じきらない。 わずかな隙間から息が漏れ、それが音質に影響を与える。 この現象こそが「息っぽさ」の正体のひとつです。 解剖とメカニズム 声帯閉鎖を司るのはTAとCTの拮抗だけではありません。 LCA(外側披裂筋)とIA(横・斜披裂筋)という補助筋群が大きな役割を果たしています。 LCAは披裂軟骨の声帯突起を内側に引き寄せ、膜様部の接触を強めます。 IAは披裂軟骨同士を寄せ、後部を閉鎖します。 つまり、LCAが「突起を寄せる」、IAが「後ろの隙間を塞ぐ」ことでし… 続きはこちら≫
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高音の地声って何で難しいの?第1話 ― TAとCTの拮抗
- 2025.09.24
- ボイストレーナー育成 ミックスボイス 喉頭の機能 歌手のための音声学
第1話:声門閉鎖と音質 ― TAとCTの拮抗 「声が薄い」「芯がない」「高音で息っぽくなる」。 ボイストレーニングの現場で最も多く聞かれる悩みの一つが、声門閉鎖の不安定さによる音質の問題です。 声門閉鎖が甘ければ息漏れが多く、科学的に言えば高次倍音のエネルギーが少ないため、声そのものの情報量が落ちてしまい、個体の存在感を持った声色が成立しづらくなります。 (ただし、ポップスの世界では、この状態すらも「個性」として受け入れられるケースもあります。) 一方で、強すぎる閉鎖は「叫び声」となり、硬さや苦しさを伴う声質につながります。 つまり声門閉鎖は「強ければ良い」「弱ければ悪い」という単純な話ではなく、適切なバランスが求められるのです。 ここで「声種」という考え方も関わってきます。 高音での声門閉鎖が得意な声 → 高音が出しやすい声種(男性:テナー、女性:ソプラノ) 中音域で声門閉鎖が得意な声 → 中音域が出しやすい声種(男性:バリトン、女性:アルト) つまり、声門閉鎖のしやすさや特性は、解剖学的な個人の声種や得意な音域に深く結びついているのです。 … 続きはこちら≫





