-
歌手の学習方法を学ぼう!― 基礎理論とフィードバック
- 2025.09.05
- ボイストレーナーのお仕事 ボイストレーナー育成 マインドセット・練習法
第1話:歌は運動学習である ― 基礎理論とフィードバック 歌の練習を語るとき、多くの現場では「音楽学習」という観点が中心になります。 音程・リズム・フレーズ解釈・スタイル。もちろんそれらは不可欠ですが、同時に歌は運動学習(motor learning)でもあるという視点が欠かせません。声を出すこと自体が「高度に微細な筋運動の習得」であり、音楽的な側面だけを追っても上達は頭打ちになります。 なぜなら「歌として出力したい声や想い」があっても声をコントロール出来ないと、音楽、歌というフォーマットに落とし込めないからです。以前は素晴らしい歌唱をしていたアーティストでも、発声障害と診断された後の声は、いわゆる歌が下手な人の歌唱になっている事があります。 運動学習とは何か 運動学習とは「反復経験を通じて運動スキルが獲得・保持・転移できるようになるプロセス」を指します(Schmidt & Lee, 2011)。スポーツ、楽器演奏、自転車に乗ること、すべてこの枠組みで説明できます。歌唱も例外ではなく、声帯や呼吸筋、共鳴腔をコントロールする一連の運動を習得していく行為です。… 続きはこちら≫
-
オンセット法 – 子音に依存したボイトレから卒業
- 2025.09.04
- ボイストレーナー育成 ミックスボイス 歌手のための音声学
歌い始めの「声の立ち上がり=オンセット」は、歌手にとってとても大切な要素です。 桜田は近年、オンセットを表現の演出だけではなく、広い音域で無理のない発声バランスを作るためのトレーニングとして注目しています。 これにより、広い音域を獲得するだけでなく、ステージやレコーディングで求められる「良い声」を作ることにも役立っています。さらに、ハリウッド式ボイトレでよく見られる「子音に依存した発声練習」から脱却するヒントとしても活用しています。 オンセットの種類と特徴 発声教育や音声療法の分野では、オンセットは大きく三つに分類されています。 バランスト・オンセット(Coordinated Onset) 息の流れと声門の動きが同時に起こるタイプです。声門閉鎖率はおおよそ50%前後を目標にすると安定しやすく、その後に続く母音も整いやすいとされています。瞬発性を高めるトレーニングとしても効果的です。 グロータル・オンセット(Glottal Onset) 声門を先に強く閉じてから息を当てるため、スタッカートが固まりやすくなります。筋肉の緊張が強い兆候として現れることもあ… 続きはこちら≫
-
ボーカルフライの効能とリスク 〜ボイストレーナーの視点から〜
- 2025.09.03
- ボイストレーナー育成 ミックスボイス 加齢による声の変化 声の健康法 歌手の発声障害
ボーカルフライとは何か 声帯を極端に低い振動数で鳴らし、声門閉鎖時間が長い発声をボーカルフライと呼びます。 特徴としては、低い呼気流、長い閉鎖期、粘膜波の振幅が抑制されることが挙げられます。 言語聴覚士(SLP)の領域では「声門閉鎖促通」の一手法として古くから用いられてきました。 効能:一時的に声門閉鎖を改善する Bolzanら(2008):ボーカルフライ後に粘膜波振幅が改善し、声門閉鎖も向上。 臨床報告(小規模):声帯結節や声帯溝症のリハビリに短時間使用すると、声門閉鎖が一時的に改善。 ケースシリーズ(成人5例):フライ直後に喉頭・鼻咽腔の閉鎖機能が改善。 → 一時的に「閉じ感」を思い出させるトレーニングとして有効とされています。 リスクとデメリット 長時間使用のリスク 30分間連続使用で発声しきい圧(PTP)が0.4 cmH₂O上昇(Svec, 2008)。努力感が増大し、発声負荷が高まる可能性があると報告されています。ただし、このような「30分間連続での実施」は実際のトレーニング現場ではまず行われず、研究的に負荷を観察するための条件と… 続きはこちら≫
-
ライトチェストと誤診しないように〜ボイストレーナーが気をつけるポイント〜
- 2025.09.01
- ボイストレーナー育成 ミックスボイス 声の健康法 歌手の発声障害
第1話「本当にライトチェストですか?無理な「閉鎖トレーニング」が生むリスク」では、女性の声にしばしば見られる「後方ギャップ」を誤解したまま、無理に閉じさせるトレーニングを行う危険性についてお話ししました。今回は、その補足として「トレーナーが実際にレッスンで気をつけるべき視点」を、研究データを交えてまとめてみたいと思います。 1. 息っぽさ=閉鎖不足、ではない 後方ギャップは「異常」ではなく、多くの健常女性に自然に存在します。Chhetriら(2014, Journal of Voice)は20〜30歳の健常女性56名を調査し、85.7%で後方ギャップが観察されたと報告しました。しかし、その大多数は感覚的に認識できる息っぽさがないと評価されており、音響指標(基本周波数、声の震えの指標であるジッターやシマー、声の成分とノイズの比率を示すHNR)にも有意な悪化は見られませんでした。 つまり、「息が聞こえる=閉鎖が甘い」という単純な発想は正しくありません。ギャップがあっても声が明瞭であれば、それは生理的に正常な範囲と考えるべきです。 2. 無理な閉鎖はリスクが高い Sve… 続きはこちら≫
-
音域の本当の見方 — VRPが教える“使える声
- 2025.08.11
- ボイストレーナー育成 ミックスボイス 声の健康法 歌手のための音声学
ブログ「オーディションでの音域の欄。あなたはどう書く?」が大変好評でしたので、今回はさらに専門性を高めた視点からお話しします。 テーマは「VRP(Voice Range Profile)」 単なる音域が「ここから、ここまで」では見えてこない、本当に使える声の評価方法について解説します。 オーディションの音域欄、本当に意味がある? 多くのオーディション用紙には「音域」の記入欄があります。 例:地声はG3〜E5、裏声は…といった具合です。 しかし、この数字だけでその人の歌唱力や適性を正確に判断できるでしょうか? 音楽ジャンル(クラシックかCCMか)、メロディのパターン、テッシトゥーラ(楽曲中でよく使う音域)、発音や歌詞の母音、声質の方向性など、影響する要素は非常に多岐にわたります。 そのため、単に「地声でどこまで出る」「裏声でどこまで出る」と書くだけでは、本当の音域は見えてきません。 賭けても良いですが、審査員はこの欄を大した指標にならない事も分かっていると思います。(笑) 現実的な対応(少しだけ皮肉を込めて) とはいえ、応募用紙に空欄は許され… 続きはこちら≫
-
ボーカルエクササイズは単なるウォーミングアップ?
- 2024.12.23
- ボイストレーナーのお仕事 ボイストレーナー育成 ミックスボイス
ボーカルエクササイズはなぜ重要なのか? ボーカルエクササイズ、具体的に音階を使ったエクササイズはなぜ必要なのかを理解していますか? 音階を使った発声練習を単なるウォーミングアップと考えているボイストレーナーも少なくありませんが、桜田ヒロキはどのような観点でボーカルエクササイズを行っているのかを解説します。 ウォーミングアップのためだけと考えていないですか? ボーカルエクササイズにはウォーミングアップという側面もあります。 ただ、それには ①歌声の評価法の理解 ②エクササイズの特性の理解 ③エクササイズに対して、その声がどのように反応するかの理解 を熟知しておく必要があります。 ライブやレコーディング前にウォーミングアップを任されることがありますが、それはクライアントとの関係性や、その声とエクササイズに対するリアクションをお互いに熟知しておくことが前提条件になります。 極端な話ですが、初対面のクライアントのレコーディングやライブと言う状況では、どのように声が反応するのか確信が持てずあまりお力になれない可能性があると言う事です。 問題の切り分け、… 続きはこちら≫