ボイストレーナーのお仕事一覧

  • ボイストレーニングと運動学習(シリーズの目次)

    第9話:運動学習の統合編 ― ボイストレーニングに理論を活かす ここまで8話にわたり、歌唱を「運動学習」という視点から掘り下げてきました。 発声は単なる音楽的なスキルではなく、身体と脳が協働して磨き上げる高度な運動技能です。 一流の歌手も、最初は「できない」状態から出発し、試行錯誤を重ねてスキルを身につけます。 このプロセスはスポーツや楽器演奏と同じく、運動学習の理論で説明可能です。 今回はシリーズの総まとめとして、これまで扱った理論を振り返りつつ、ボイストレーニングにどう統合して活かすのかを整理します。 そして桜田の現場経験から、具体的にどのように理論が活かされているかを紹介します。 各話のまとめ 第1話:基礎理論とフィードバック スキーマ理論を基盤に、技能獲得は「宣言的記憶」から「手続き的記憶」へと移行する。 KR(結果の知識)とKP(動作の知識)の使い分けが技能定着を左右する。 第2話:練習構造と外的フォーカス ブロック練習は安定を、ランダム練習は応用力を育む。 外的フォーカス(響きや音のイメージに意識を向けること)は、内的フォーカスより… 続きはこちら≫

  • デモンストレーションはどんな時に効果的?-モデリングの効果と弱点

    第8話:模倣学習と観察学習 ― ボイストレーニングにおけるモデルの力 歌の学習において、コピー(模倣学習)は避けて通れないプロセスです。 ボイストレーニングでは、ボイストレーナーや上手な歌手の歌い方を見聞きし、それを自分なりに再現することが、発声や表現の基盤を築くうえで極めて自然な学習形態になります。 しかし模倣学習や観察学習には、強力な効用がある一方で、限界や誤解のリスクも潜んでいます。本稿では、学習者のレベルや指導の場面に応じて模倣・観察をどう設計すべきかを、研究と現場経験を踏まえて考えていきます。 1. 観察学習と模倣学習の基礎 観察学習とは、モデル(ボイストレーナー、熟練歌手、仲間など)の行動を見たり聴いたりすることで学ぶプロセスです。 そして模倣学習は、その観察したものを自分で再現する試みを指します。 言語的説明では伝えにくい発声のニュアンスやスタイルは、模倣によって効率的に伝達されることが多く、ボイストレーニング現場でも日常的に行われています。 2. モデリング(模倣)の効用と限界 模倣の効用は、特に学習の初期段階で顕著です。 - 発音、… 続きはこちら≫

  • 自分の歌をどう確認する?ーフィードバック環境の設計

    第7話:フィードバック環境の設計 ― 鏡・録音・AIツールの使い方 歌唱練習において「自分の声がどう響いているか」「正しく歌えているか」を確認することは不可欠です。しかし、その方法を誤ると学習効率を下げたり、むしろ不自然な癖を強化してしまうリスクもあります。 本稿では、フィードバック研究の知見を踏まえながら、鏡・録音・AIアプリといったツールをどう設計的に使うべきかを整理します。対象はボイストレーニング現場に関わるボイストレーナーやSLPです。 1. フィードバックの基本 ― KRとKP 運動学習の領域では、フィードバックは大きく2種類に分けられます。 - KR(Knowledge of Results):結果に関する情報 例:「今の音程は20セント高かった」 - KP(Knowledge of Performance):動作に関する情報 例:「下顎が動きすぎている」 Salmoni, Schmidt & Walter (1984) の古典的レビューでは、「毎回の緻密なフィードバックは保持率を下げる」と指摘されています。 またSt… 続きはこちら≫

  • 失敗を味方につける歌の練習・ボイストレーニング

    第3話:エラーと変動 ― 歌唱スキルを支える揺らぎの科学 前回のお話しでは「効率的なスキル定着の方法について」書きました。 歌の練習において「ミスを減らしたい」「安定した声を出したい」という欲求は自然なものです。 しかし、ボイストレーニングの観点から見ると、エラー(誤り)や変動(variability)は単なる「邪魔」ではなく、学習を進めるうえで欠かせない要素です。むしろ、これらを適切に経験し、活用することが、長期的で再現性のある歌唱スキルの獲得に直結します。 エラー(誤り)の役割 ― 失敗は情報である 古典的な運動学習理論(Adams, 1971; Schmidt, 1975)では、エラーは学習の副産物ではなく、学習を駆動する主要因とされています。 人間は動作を行うとき、脳内で予測モデルを生成します。実際の結果と予測との差異が「エラー」として検出されると、その情報を用いて次回以降の動作を修正します。これを error-based learning(誤り駆動学習) と呼びます(Krakauer & Mazzoni, 2011)。 歌唱においても… 続きはこちら≫

  • 歌手の学習方法を学ぼう!― 基礎理論とフィードバック

    第1話:歌は運動学習である ― 基礎理論とフィードバック 歌の練習を語るとき、多くの現場では「音楽学習」という観点が中心になります。 音程・リズム・フレーズ解釈・スタイル。もちろんそれらは不可欠ですが、同時に歌は運動学習(motor learning)でもあるという視点が欠かせません。声を出すこと自体が「高度に微細な筋運動の習得」であり、音楽的な側面だけを追っても上達は頭打ちになります。 なぜなら「歌として出力したい声や想い」があっても声をコントロール出来ないと、音楽、歌というフォーマットに落とし込めないからです。以前は素晴らしい歌唱をしていたアーティストでも、発声障害と診断された後の声は、いわゆる歌が下手な人の歌唱になっている事があります。 運動学習とは何か 運動学習とは「反復経験を通じて運動スキルが獲得・保持・転移できるようになるプロセス」を指します(Schmidt & Lee, 2011)。スポーツ、楽器演奏、自転車に乗ること、すべてこの枠組みで説明できます。歌唱も例外ではなく、声帯や呼吸筋、共鳴腔をコントロールする一連の運動を習得していく行為です。… 続きはこちら≫

  • ツアー中に発声障害に罹患した歌手のリカバリー法は?(第3話)

    前回まで、アメリカで実際に起きた発声障害と、そのリカバリーのプロセスを紹介してきました。最終回となる今回は、現場で役立つ具体的なアドバイスをまとめてみます。 インイヤーモニターの設計術 ステージでの歌唱に大きく影響するのが、イヤモニの音作りです。 多くのアーティストは「自分の声をしっかり返して欲しい」とリクエストしますが、逆に声が大きく聞こえすぎると、発声がぶれてしまうこともあります。 実際、桜田のクライアントの中には「声を少し引っ込める設定」に変えたことでリハから本番まで安定するようになった方がいます。 注意したいのは、モニターエンジニアが聴いている音と、歌手本人が聴いている音は同じではないという点です。 アーティスト歌っている時、常に「自分の生声」も聴いており、さらに生声はイヤモニの音に干渉します。 そのため、エンジニアの調整だけで完結せず、本人の感覚とのすり合わせが不可欠です。 「サンドイッチ練習」で声を軽く保つ 本番直前におすすめなのが「サンドイッチ練習」。 SOVT(ストロー発声など)→歌唱→SOVTという流れで行い、軽やかな発声感覚を思い… 続きはこちら≫

  • ボーカルエクササイズは単なるウォーミングアップ?

    ボーカルエクササイズはなぜ重要なのか? ボーカルエクササイズ、具体的に音階を使ったエクササイズはなぜ必要なのかを理解していますか? 音階を使った発声練習を単なるウォーミングアップと考えているボイストレーナーも少なくありませんが、桜田ヒロキはどのような観点でボーカルエクササイズを行っているのかを解説します。 ウォーミングアップのためだけと考えていないですか? ボーカルエクササイズにはウォーミングアップという側面もあります。 ただ、それには ①歌声の評価法の理解 ②エクササイズの特性の理解 ③エクササイズに対して、その声がどのように反応するかの理解 を熟知しておく必要があります。 ライブやレコーディング前にウォーミングアップを任されることがありますが、それはクライアントとの関係性や、その声とエクササイズに対するリアクションをお互いに熟知しておくことが前提条件になります。 極端な話ですが、初対面のクライアントのレコーディングやライブと言う状況では、どのように声が反応するのか確信が持てずあまりお力になれない可能性があると言う事です。 問題の切り分け、… 続きはこちら≫

  • Vocologistになりました。

    この度、桜田ヒロキはニューヨーク大学にてVocologyコースを修了し、修了証を獲得しました。 Vocologyとは? Vocologyと言う言葉はアメリカの科学者Ingo Titze氏によって作られた言葉です。 Ingoは「Science and Practice of Voice Habitation(発声強化のための科学と実践)」と定義しています。 医師やボイス・セラピストが行うリハビリではなく、求められたタスクに対して一般レベル以上の技能習得をさせる事を目的としています。 歌手が機能性音声障害に陥ってしまった際、一般的な機能回復が行われた声に対して、さらに高い発声技能を習得させる事を目標とします。 つまり医師や言語聴覚士からクライアントを引き継ぎ、歌手の技術を再構築させる事が出来ると考えられます。 認定Vocologist? 「認定されたVocologist」と言う言葉は存在しません。 Pan American Vocology Association (PAVA)ではVocologistの定義としてボイス・スペシャリストとして声の複合的な… 続きはこちら≫

  • ボイストレーニングと実際の歌は「異なるもの」なのか?

    仲良しのボイストレーナーの先輩(アメリカ人)と、僕の同期くらいのトレーナー(イギリス人)がFacebookで議論をしていました。 アメリカ人トレーナー「芸術性の追求の前に声の機能(改善が重要)」と書いたのに対し、 イギリス人トレーナー「双方とも伸ばす必要がある、それらを切り離す事は出来ない」と述べました。 イギリス人トレーナーの書いた文章はこちら 私はそれにあまり同意しません。 史上最もユニークで記憶に残るアーティストの多くは、機械的または技術的に自分自身を構築したわけではありません。 彼らは強いアイデンティティと美学/影響力を持つことから始め、その後訓練を受ける人もいました。 たとえばマイケル・ジャクソンのように。 もしインストラクターがメカニズム優先のアプローチで取り組んでいたら、ここまで素晴らしいアーティストは誕生しなかったと思います。 これはすべてインストラクター次第であり、歌手次第でもあります。 (失敗例として)機械的に歌い人たちにたくさん会ってきたが、彼らは機械的にリードしているからこそ完全に実現可能な美学を見つけることができません。(芸術的… 続きはこちら≫

  • 発声について「相談」は受け付けていますか?

    桜田のレッスンは無料体験レッスンは実施していないため、知人の紹介などから希に「レッスンではなく、相談を受けてほしい」と言う依頼をされる事があります。 原則としてボイストレーニングや歌唱指導について「相談」として無料での提供はお断りする事にしています。 ボイストレーニングを口頭で説明するほど無意味な事はないから 過去に何度か知人の紹介で「相談」と言う名目で時間をお作りした事はありますが、お困りの事を話しとして聞いても、お互い「仮説」を話す事になるので「これほど不毛な時間はないな」と感じた事があります。 「じゃあ、歌ってごらん」と提案し具体案を提案した場合、それは相談ではなくレッスンになってしまうので、提案する事は出来ません。 声を聴いて、トレーニングを提案すれば15分程度でお互い明確になる事を、「仮にこうである場合、こういう提案をする事があります。」 と言う説明では結果的に 「なんか説明なボイストレーナーだな」と思われてしまう事はボイストレーナー自身にとって損以外の何物でもありません。 このような提案をする事自体がプロフェッショナルとして無責任な行動に… 続きはこちら≫

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