ボイストレーニングと実際の歌は「異なるもの」なのか?

仲良しのボイストレーナーの先輩(アメリカ人)と、僕の同期くらいのトレーナー(イギリス人)がFacebookで議論をしていました。

アメリカ人トレーナー「芸術性の追求の前に声の機能(改善が重要)」と書いたのに対し、
イギリス人トレーナー「双方とも伸ばす必要がある、それらを切り離す事は出来ない」と述べました。

イギリス人トレーナーの書いた文章はこちら

私はそれにあまり同意しません。
史上最もユニークで記憶に残るアーティストの多くは、機械的または技術的に自分自身を構築したわけではありません。
彼らは強いアイデンティティと美学/影響力を持つことから始め、その後訓練を受ける人もいました。
たとえばマイケル・ジャクソンのように。
もしインストラクターがメカニズム優先のアプローチで取り組んでいたら、ここまで素晴らしいアーティストは誕生しなかったと思います。
これはすべてインストラクター次第であり、歌手次第でもあります。

(失敗例として)機械的に歌い人たちにたくさん会ってきたが、彼らは機械的にリードしているからこそ完全に実現可能な美学を見つけることができません。(芸術的に歌うことができません)
強いアイデンティティを持っている歌手には、機械的なアプローチがサウンドを完全に圧倒しないため、機械的なボイストレーニングが機能します。(成功するアーティストは個性があまりにも強いので、機械的に教えたとしても機械的な歌い方にはなりません)
彼らは自らインストラクターの計画にはなかった妥協点を見つけます。

一方で、強いアイデンティティを持たない歌手は、機械的なアプローチに巻き込まれ、感情と歌唱技術の狭間で苦しみます。

技術専門のインストラクターが、機械的に生成された音が素晴らしい、というのは健康的な発声の理想に合致しているからだと言うのは珍しいことではありません。
しかし、リスナーはその音を物足りないと感じます。

また、メカニカルな理想(喉頭の低さなど)がメソッドに共通している場合、そのメソッドに触れるアーティストは知らず知らずのうちに均質化されてしまいます。(個性が犠牲になります)
繰り返しになりますが、そもそも歌手の美的目標が十分に優先されていないため、インストラクターとまったく同じように聞こえる歌手の例が十分にあります。

発声メカニズムは感覚や美学に委ねることもできます。
声道の形状は、美学、感情、配置の感覚、またはその他の聴覚の目標を通じて実現できます。
場合によっては、これはおそらくより柔軟なアプローチであると考えられます。

発声メカニズムとアイデンティティや美学…この2つは対等の立場を共有でき、どちらかが先になることも、両方が他方の代理として機能することもできます。
これにより、学生の受容性と多様性がさらに高まります。

桜田ヒロキの見解は?

彼らの議論は平行線をたどっていましたが、僕の私見ではイギリス人トレーナーに賛同します。
そもそも歌声は声を歌唱と言う芸術フォーマットに落とし込んだものです。
どうやっても音楽や歌唱という芸術を、「単純な発声の機能」と切り離す事は出来ない。
僕らは声のトレーニングと平行して「音楽が自分の声に何を要求しているのか?」をよく考える必要があります。

何年も前は「ボイストレーニングと歌唱は異なる」と考えていました(反省)

もう何年も前は「ボイストレーニングと歌唱は異なる」と公言していた事もありますが、現在の考え方は「発声テクニックや歌唱テクニックは常に音楽と寄り添うべきもの」と考えています。

この思考が出来てから「歌手の歌唱を聴いて、直ちにボイストレーニングの流れを考える」事が出来るようになりました。
更にボイストレーニングのエクササイズと歌唱が乖離してしまうと言う現象を最小限に抑えられるようになりました。
「何がクライアントの声から欠落しているのか?」をすぐに理解出来るようになったこと。(SLSの外で)多くのボーカリーズに出会い、その意味を考え理解したからです。

「全てのジャンルに対応出来る唯一のボイストレーニングメソッド」なんて存在する?

Speech Level Singing (SLS)時代は「歌唱以前に(声の)機能」と言わないといけなかった気がします。

そうでなければSLSの「全てのジャンルに対応出来る」と言うキャッチフレーズに矛盾が生じてしまうからです。
SLSでは必死になって発声と歌唱スタイルを切り離しているわけです。
これに対しての僕の現時点での結論は、歌唱スタイルを理解せずに声をトレーニングする事は不可能ですし、そんなメソッドはこの世に存在しない事に気づかなくてはいけません。

今、現在は「知見の少ないジャンルの歌唱は教えない」もしくは「自分の音楽が専門分野外である事をクライアントに伝える」と言う事をしています。
その方がクライアントに対して誠実だからと思うからです。

アーティストと一般人を教えるのは似て非なるもの

イギリス人トレーナーが述べた言葉で重要な文章はこちらです。

強いアイデンティティを持っている歌手には、機械的なボイストレーニング法がサウンド(歌唱スタイル)を完全に圧倒しないため、機械的なボイストレーニングが機能します。(つまり、成功するアーティストは個性があまりにも強いので、機械的に教えたとしても機械的な歌い方にはなりません。)

セス・リッグス氏のSpeech Level Singingがなぜハリウッド・セレブやブロードウェイで一躍人気が出たかと言うと、多くのハリウッド・セレブ達の歌は既に強いアイデンティティを持っていたが、一部機能がうまくいっていない部分をボイストレーニングで微調整を行うと言う事で彼らが「歌いやすくなかった!」と感じたからと予想できます。

セスの本当の専門分野はオペラ、ブロードウェイですが、セスを唯一のボイストレーナー、歌唱指導のインストラクターとして習ってスターになった歌手は一人も聞いた事がありません。

彼らの多くは子供の頃から英才教育を受けたり、教会でゴスペル音楽などで先輩シンガーの歌を真似たり、音楽高校、音楽大学で音楽性を磨いた後、または平行してセスからボイストレーニングを習っていたと考えられます。
いわば、彼らが他で学んだ音楽性やアーティストとしてのアイデンティティをうまく声に乗せられるようにしたのがセス・リッグス氏のSpeech Level Singingだったのだと考えています。

と、考えると「あのアーティストを教えた先生だ!」「あの先生から習えば彼らのような歌い方になれる!」と言うのは淡い夢かもしれません。

実際に桜田は既にアイデンティティの強いアーティストをトレーニングするのと、そこを目指しているトレーニーをトレーニングするのでは「別職種」として考えているくらい違うものだと感じています。
多くの場合で歌唱を完成させると言う意味では、一般的なトレーニーを教える方が難しく感じます。

いかがでしたか?

ここ数年考え方が変わってモヤモヤしていたので、少し長くなりましたが書いてみました。

誤解して欲しくない事は、発声障害等からの機能回復や、誤った練習を繰り返し行ってしまった場合などメカニズムにインストラクター、クライアント共に集中をしなくてはいけない事はあります。

そしてセスやSpeech Level Singingは桜田ヒロキのボイストレーナーとしてのアイデンティティの多くを占めるものですし、本当に感謝しています。

近年、SLSの外のトレーナーから歌唱を習ったり、発声の科学を勉強する中で今の僕にしっくりくる方法論をこれからも考え続けたいと思います。

この記事を書いた人

桜田ヒロキ
桜田ヒロキ
セス・リッグス Speech Level Singing公認インストラクター日本人最高位レベル3.5(2008年1月〜2013年12月)
米Vocology In Practice認定インストラクター

アーティスト、俳優、プロアマ問わず年間およそ3000レッスン(のべレッスン数は裕に30000回を超える)を行う超人気ボイストレーナー。
アメリカ、韓国など国内外を問わず活躍中。

所属・参加学会
Speech Level Singing international
Vocology in Practice
International Voice Teacher Of Mix
The Fall Voice Conference
Singing Voice Science Workshop

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