ツアー中に発声障害に罹患したロック歌手のケース(第2話)

前回は、ツアー中に代償的な発声が固定化してしまったロック歌手のケースを紹介しました。
今回は、実際に行われた治療とトレーニングのプロセス、そして本人がどのように感じたのかを見ていきます。

初期の対応

最初の段階で大切なのは「声をすぐにリセットして良い状態に持って行く事」です。
歌手はステージを止めることが難しいため、短時間で効果を感じられる介入が優先されました。

・喉頭マニュアルセラピー:首や喉周囲の筋肉を直接ほぐし、過剰な緊張を緩める
マニュアルセラピーについては詳しくはこちら
・ストロー発声(SOVT):声帯への負担を減らし、効率的な振動を取り戻す
・インイヤーモニターの調整:声を無理に張り上げなくても聞こえる環境を整える

歌手はこの段階で「喉の締め付けが少し和らいだ」「高音が少し楽に出る」と語っており、即効性のある変化に大きな安心感を覚えていました。

中期のトレーニング

次のステップは、代償的な発声を少しずつ置き換える作業です。

レゾナント系発声(響きを強化する):軽く響きを伴った声を思い出す
→ 言語聴覚士がよく行う「レゾナント・ボイスセラピー」と呼ばれるものです。コンセプトは、共鳴を最適化して声帯や周囲の筋活動による負荷を減らすことにあります。

サンドイッチ練習:ストロー発声→歌唱→ストロー発声を繰り返し、正しい発声感覚を定着させる

オンセットの見直し(音の始まり):力で押し出す発声をやめ、自然に声が流れ始めるきっかけを作る
→ 発声のブレはしばしばオンセットに現れます。強いアタックのあるオンセットではなく、声門の閉鎖と息の流れが同時に起こるスムーズなオンセットを習得することが目標でした。

このトレーニングを始めた頃、歌手本人は「楽に歌える瞬間と、まだ苦しい瞬間が交互に来る」と不安を口にしていました。
しかし同時に「少しでも楽に歌える瞬間があることが希望につながる」とも話しており、その感覚を積み重ねることが回復の大きな支えとなりました。

実務的な調整

治療やトレーニングだけでは十分ではありません。
現場での工夫が声を守るためには欠かせません。

・セットリストを見直し、最も負担のかかる曲を序盤に固めない
・高音の多い曲はキーを半音〜1音下げる
・コーラスとのパート分担を調整してスタミナを温存する

歌手自身は「キーを下げることはファンに申し訳ない」と当初は抵抗を感じていましたが、実際に導入してみると「今の声でベストを届けられる」と前向きに考えられるようになりました。

結果

数週間の取り組みの末、このロック歌手はツアー後半も無事に乗り切ることができました。
本人は「楽に声が出る感覚を取り戻した」と自信を取り戻し、診察でも喉頭内部の圧迫が大幅に減少。
効率的な発声に戻ることができたのです。

第2話はここまでです。
次回(第3話)では、このケースから学べる「歌手が声を守るための具体的なアドバイス」を、私自身の経験も交えて紹介します。

ツアー中に発声障害に罹患した歌手のリカバリー法は?(第3話)

歌声の機能回復を目的としたボイストレーニング・発声調整はこちらをどうぞ

この記事を書いた人

桜田ヒロキ
桜田ヒロキ
米国Speech Level Singingにてアジア圏最高位レベル3.5(最高レベル5)を取得。2008〜2013年は教育管理ディレクターとして北アジアを統括。日本人唯一のインストラクターとしてデイブ・ストラウド氏(元SLS CEO)主宰のロサンゼルス合宿に抜擢。韓国ソウルやプサンでもセミナーを開催し、国際的に活動。
科学的根拠を重視し、英国Voice Care Centreでボーカルマッサージライセンスを取得。2022–2024年にニューヨーク大学Certificate in Vocology修了、Vocologistの資格を取得。
日本では「ハリウッド式ボイストレーニング」を提唱。科学と現場経験を融合させた独自メソッド。年間2,500回以上、延べ40,000回超のレッスン実績。指導した声は2,000名以上。
倖田來未、EXILE TRIBE、w-inds.などの全国ツアー帯同。舞台『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』主演・岩本照のトレーニング担当。
歌手の発声障害からの復帰支援。医療専門家との連携による、健康と芸術性を両立させるトレーニング。

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