- 2025.09.04
- ボイストレーナー育成 ミックスボイス 歌手のための音声学
歌い始めの「声の立ち上がり=オンセット」は、歌手にとってとても大切な要素です。
桜田は近年、オンセットを表現の演出だけではなく、広い音域で無理のない発声バランスを作るためのトレーニングとして注目しています。
これにより、広い音域を獲得するだけでなく、ステージやレコーディングで求められる「良い声」を作ることにも役立っています。さらに、ハリウッド式ボイトレでよく見られる「子音に依存した発声練習」から脱却するヒントとしても活用しています。
オンセットの種類と特徴
発声教育や音声療法の分野では、オンセットは大きく三つに分類されています。
- バランスト・オンセット(Coordinated Onset)
息の流れと声門の動きが同時に起こるタイプです。声門閉鎖率はおおよそ50%前後を目標にすると安定しやすく、その後に続く母音も整いやすいとされています。瞬発性を高めるトレーニングとしても効果的です。 - グロータル・オンセット(Glottal Onset)
声門を先に強く閉じてから息を当てるため、スタッカートが固まりやすくなります。筋肉の緊張が強い兆候として現れることもあります。 - アスピレイト・オンセット(Aspirate Onset)
息が先に漏れてしまい、発声に「h」が混ざるように聞こえるタイプです。呼吸筋の瞬発性が低い、あるいは声門閉鎖が弱い場合に見られます。
オンセット法を使ったトレーニング動画はこちら
Fry Onsetについて
特殊な方法としてフライ・オンセット(Fry Onset)があります。声門を緩め、低流量・低周波でパルス的に声を出す方法で、過度な緊張をリセットしたり、声帯内外筋のバランスを取り直す目的で短時間使うと有効なことがあります。
ただし連続使用や常用は推奨できず、音質が粗くなったり、雑味が残ったりする可能性もあります。補助的に取り入れる方法と考えるのが適切です。
桜田の指導法
桜田は、バランスト・オンセットを軸にしたスタッカートトレーニングを取り入れています。短い音を繰り返すことで、声門と呼吸筋の協調した瞬発力を養い、声の立ち上がりを安定させることができます。
練習はシンプルに始めます。
- [a]で最小限の条件で声を出す。声門は素早く閉じ、呼吸筋と同時に働かせます。
- 短いスタッカートを繰り返すことで、声門と呼吸の協調をトレーニングします。
- フレーズや楽曲に応用し、語頭や跳躍音など、失敗が出やすい部分でも再現できるようにします。
この際、グロータル化(過緊張の疑い)やアスピレイト化(息漏れの疑い)に陥っていないかを録音や自己認識で確認することが大切です。必要に応じて短時間だけフライ・オンセットを挟み、過緊張を和らげてからバランストに戻すこともあります。
子音に頼らず、母音の立ち上がりを主役に据えることで、声の芯や音色が安定しやすくなります。「h」や破裂音に依存すると、その場では声が出ているように感じても、音色やピッチの安定を損ないやすくなります。
SLPとの接点 ― Easy Onsetとの比較
言語聴覚士の臨床現場では「Easy Onset」という方法が、声帯障害や吃音の改善に広く用いられています。これは声帯の衝撃を減らし、滑らかに声を出し始めるための手法です。
桜田が行うバランスト・オンセットも、この「衝撃を減らし、無理なく声を始める」という考え方を共有しています。
違いをまとめると、Easy Onset=臨床寄りで回復や予防に役立つのに対し、バランスト・オンセット=歌唱寄りで音域拡張や瞬発性強化に応用している点が特徴です。
両者の接点を意識することで、臨床の知見を歌唱指導に応用したり、逆に歌唱での経験を臨床現場にフィードバックすることが可能になります。
研究の後押し
最近の研究でも、オンセットの有効性や評価方法について報告されています。
- DeJonckere(2025):オンセットをソフト、ハード、ブレシーに分類し、ソフトなオンセットが声帯に最も負担が少ないと示唆。
- Taguchiら(2024, 日本):ソフトなオンセットや半閉鎖声道トレーニング(SOVTE)が声帯への負担軽減に寄与。
- PLOS ONEレビュー(2024):オンセットのタイプは客観的に測定・評価可能で、臨床での声の診断に役立つとされている。
さらに、19世紀の声楽理論家マヌエル・ガルシア二世も、声門閉鎖が強すぎても弱すぎても音質を損ない、適度な閉鎖が豊かな音を作ると述べています。歴史的にも「バランスしたオンセット」の重要性は繰り返し語られてきました。
まとめ
オンセット法は、単なる歌唱の演出テクニックではなく、声の健康とバランスを支える基盤的なトレーニングです。
バランスト・オンセットを軸にすれば、声の瞬発性を高め、広い音域を無理なく使いこなし、声帯障害からの回復を支援することができます。
歌手にとっては「良い声」を作るための道具となり、指導者や言語聴覚士にとっては教育と臨床をつなぐ共通言語ともなり得ます。オンセットをどう使うかは、声の未来を左右する大きな鍵といえるでしょう。
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この記事を書いた人

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米国Speech Level Singingにてアジア圏最高位レベル3.5(最高レベル5)を取得。2008〜2013年は教育管理ディレクターとして北アジアを統括。日本人唯一のインストラクターとしてデイブ・ストラウド氏(元SLS CEO)主宰のロサンゼルス合宿に抜擢。韓国ソウルやプサンでもセミナーを開催し、国際的に活動。
科学的根拠を重視し、英国Voice Care Centreでボーカルマッサージライセンスを取得。2022–2024年にニューヨーク大学Certificate in Vocology修了、Vocologistの資格を取得。
日本では「ハリウッド式ボイストレーニング」を提唱。科学と現場経験を融合させた独自メソッド。年間2,500回以上、延べ40,000回超のレッスン実績。指導した声は2,000名以上。
倖田來未、EXILE TRIBE、w-inds.などの全国ツアー帯同。舞台『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』主演・岩本照のトレーニング担当。
歌手の発声障害からの復帰支援。医療専門家との連携による、健康と芸術性を両立させるトレーニング。
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