第1話 SOVTはなぜ効くのか?なぜ「効かない」と感じる瞬間があるのか
近年、SOVT(Semi-Occluded Vocal Tract)という言葉を耳にする機会が増えてきたと思います。
ストロー発声、リップロール、ハミングなどは、ボイストレーニングの現場だけでなく、セルフケアとしても広く使われています。
一方で、次のような声もよく聞かれます。
「SOVTをやっても声が良くならない」
「特に裏声のSOVT発声が難しい」
SOVTは本当に万能なのでしょうか。それとも、やり方が間違っているのでしょうか。
SOVTは非常に優れたツールである一方、効果が上がりにくい条件があります。その多くは、「SOVTが間違っている」のではなく、多くの場合、声帯側の状態が変化していることに原因があります。
本記事ではまず、
・SOVTの効果とは何か?
・なぜ効果が出にくいと感じる瞬間があるのか?
を整理していきます。
SOVTの効果とは何か(声門上圧・声帯の衝突ストレス低減)
SOVTとは、声道の一部を意図的に半閉鎖した状態で発声を行うエクササイズの総称です。ストロー発声やリップロールは、その代表的な方法です。
SOVTによって起きる変化はこちらです。
・声門上圧が高まる
・声門下圧との急激な圧差が生じにくくなる
・呼気が過剰に噴き出す状態が抑えられる
(声道が慣性を提供する構造を持つと、発声開始圧(PTP)が低下し、声帯衝突ストレスを減少させる可能性がある)“Inertance and its role in vocal economy” -Ingo Titze
SOVTが声帯を「強く振動させる」方法ではなく、声帯が無理な条件で振動しなくても済む環境を作るという事を説明してます。
声の効率を高めるという意味でのSOVT
もう一つ重要な論文がこちらです。
半閉鎖声道エクササイズによる発声効率の向上 “Increasing vocal efficiency through semi-occluded vocal tract exercises”
この論文では、SOVTを行うことで、
・発声効率が向上する
・同じ音量をより少ない努力で出せる
・声帯への負担が減る
といった変化が生じることが報告されています。
SOVTは、声門音源と声道の相互作用を最適化することで、発声の経済性を高める – Ingo Titze
ここで重要なのは、「効率が上がる=声帯の振動が直接改善される」ではないという点です。
SOVTは「練習」ではなく「環境作り」
SOVTは声帯の振動そのものを“直接良くする”練習ではありません。
つまりSOVTそのものは、発声技術を高めるための最終的な練習ではなく、声帯が無理な条件で振動しなくても済む環境を作るための手法です。
近年の音声科学では、SOVTを「トレーニング」ではなく「コンディショニング」として位置づけています。
レゾナント・ボイス・セラピー(RVT)に関するKatherine Verdolini Abbott の研究でも、低衝突・低負荷な発声条件を先に作ることの重要性が繰り返し示されています。
SOVTで作られた「下地」と、技術練習の関係
声帯振動の質そのものを向上させるためには、
・音高変化
・母音操作
・共鳴調整
・発声様式(register)のコントロール
といった、より直接的な発声練習が不可欠です。
SOVTは、これらを代替するものではありません。
つまりSOVTは直接的なトレーニングや練習にはならないと言う事です。
SOVTによって、
・過剰な呼気駆動が抑えられ
・声帯衝突が減り
・比較的安全な発声環境が整う
この「下地」を元に、より高度な発声練習を行い、技術向上をはかる必要があります。
SOVTが効果を発揮しやすいケース(機能性の問題)
SOVTは、以下のような機能的な問題に対して特に有効です。
・息を無理に使いすぎる発声
・常に大きな声で発声しようとする癖
・過緊張による声の硬さの改善
・ウォームアップやクールダウン
声道条件の変化が発声様式に影響を与えることは、Johan Sundberg の研究でも示されています。
一方で、SOVTの効果が上がりにくいと感じる瞬間(器質的制限)
問題になるのは、次のような状態です。
・声帯に浮腫がある
・炎症や強い疲労が残っている
・特に裏声が止まる、息だけになる
このような状態でSOVTを行うと、声が止まる、出なくなるといった現象が起きることがあります。
「効かない」の正体は、声帯側の条件変化(振動開始・振動維持という視点)
浮腫や炎症がある場合、
・声帯の質量が増える
・粘膜波の効率が低下する
・振動が不均一になる
このような変化が生じます。
声帯振動の研究では、声帯が振動を開始・維持するためには一定以上の圧・エネルギー条件が必要であることが示されています。
裏声が消える現象はなにが起こってる?
裏声は、
・薄い
・軽い
・小さな振幅で成立する
という特徴を持つ振動モードです。
そのため、声帯の状態が悪化したとき、最初に成立しなくなる振動モードでもあります。
桜田の先生の1人, Richard Lismoreは「ファルセットが出るか、出ないか、は声の疲労度を確認するツールになる」と言います。
SOVT中に裏声が止まるのは、振動を開始し、維持するための条件を満たせなくなった状態ですので、場合によっては無理に練習をするのではなく、休息を取る、医師の診察を検討する方が良いかもしれません。
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この記事を書いた人

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米国Speech Level Singingにてアジア圏最高位レベル3.5(最高レベル5)を取得。2008〜2013年は教育管理ディレクターとして北アジアを統括。日本人唯一のインストラクターとしてデイブ・ストラウド氏(元SLS CEO)主宰のロサンゼルス合宿に抜擢。韓国ソウルやプサンでもセミナーを開催し、国際的に活動。
科学的根拠を重視し、英国Voice Care Centreでボーカルマッサージライセンスを取得。2022–2024年にニューヨーク大学Certificate in Vocology修了、Vocologistの資格を取得。
日本では「ハリウッド式ボイストレーニング」を提唱。科学と現場経験を融合させた独自メソッド。年間2,500回以上、延べ40,000回超のレッスン実績。指導した声は2,000名以上。
倖田來未、EXILE TRIBE、w-inds.などの全国ツアー帯同。舞台『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』主演・岩本照のトレーニング担当。
歌手の発声障害からの復帰支援。医療専門家との連携による、健康と芸術性を両立させるトレーニング。
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