声門閉鎖と高音発声を理解する ― シリーズ総まとめ

声門閉鎖と高音発声を理解する ― シリーズ総まとめ

高音域で芯のある声を出すことは、多くの歌手にとって大きな課題です。
「高音になると急に息っぽくなる」「裏声のように弱々しい」「ベルティングのように力強く出せない」。
こうした悩みの裏側には、声門閉鎖のメカニズムと、それを支える筋肉のバランスが深く関わっています。

本シリーズでは、最新の研究と桜田の現場経験をもとに、声門閉鎖と高音発声の関係を解き明かしてきました。
ここでは全エピソードを振り返りながら、学びを整理してみましょう。

第1話:声門閉鎖率と音質 ― TAとCTの拮抗
声門閉鎖率(Contact Quotient)は、声の息っぽさや芯の強さを左右する大きな要素です。
TA(甲状披裂筋)とCT(輪状甲状筋)の拮抗バランスが変わることで、声門閉鎖の強弱が決まり、結果的に音質が変化します。
H1–H2やCPPといった音響指標の基礎を紹介し、科学的に「芯のある声」と「息っぽい声」の違いを整理しました。

第2話:LCA・IAと後部間隙のメカニズム
高音発声で息が混ざる大きな原因のひとつが「後部間隙(posterior glottal gap)」です。
LCA(外側輪状披裂筋)やIA(披裂筋)がどのように後部閉鎖を担い、CT優位の状況でなぜ「閉じきらない」問題が起こるのかを解説しました。
ボイストレーニングにおける息漏れ対策にも直結するテーマです。

第3話:音響指標と耳の印象 ― H1–H2、CPP、HNR、EGG
耳で「息っぽい」と感じるか「芯がある」と感じるかは、音響的に説明が可能です。
・ H1–H2:声門閉鎖の強弱と息っぽさの尺度
・ CPP:声の周期性とプロらしい声の明瞭さ
・ HNR:雑音成分とのバランス
・ EGG計測:接触比率を客観的に測定

これらを現場でどう読み解き、聴感と計測を結びつけるかを解説しました。

第4話:CTとTAの相互作用 ― 芯のある高音
高音で芯を作るには、CTだけでは不十分です。
CTが声帯を伸ばしきった状況では、TAが適度に収縮することで剛性が増し、声が安定して芯が生まれます。
「CT+適度なTA」という二層構造が、ベルティングや強いミックスの核心であることを研究と実践の両面から示しました。

第5話:ベルティングとジャンル差 ― 女性クラシック vs CCM
同じCT/TAの相互作用でも、ジャンルによって戦略は大きく異なります。

・ 女性クラシック(ソプラノ):CT主導+弱めの閉鎖、声道共鳴の操作(フォルマントチューニング)で存在感を作る。
・ 女性CCM(ミュージカル・ポップス):CT+TA協働+強い閉鎖、声門下圧と芯のある声でパワフルさを出す。
・ 男性テナー:クラシックでも強い閉鎖が必要で、CCMに近い戦略を取る。

ジャンルごとの「理想の高音像」を理解することは、歌手とボイストレーナーにとって不可欠です。

第6話:声門閉鎖と声の疲労
専門閉鎖は強ければ声帯同士の摩擦を過度に起こし、声帯の腫れやむくみを起こします。
声帯に掛かる摩擦熱の放出量は1オクターブ上がれば2倍、2オクターブ上がれば4倍と言われています。
さらに音量が上がれば摩擦は更に増大します。
ただし、声門閉鎖率が弱い場合にも代償発声による筋疲労が生まれると言われています。

まとめ ― 声門閉鎖を理解することの意味

声門閉鎖は「息っぽい声」「芯のある声」「詰まった声」といった音質の基盤を決定します。
それは単なる筋力ではなく、CT・TA・LCA・IAといった筋肉の相互作用と、声門下圧・声道共鳴の複雑なバランスによって成り立っています。

ボイストレーニングで声門閉鎖を意識的に扱うことは、歌手にとって「理想の高音」を実現するための最短ルートです。
また、ボイストレーナーが科学的な言葉でこのプロセスを説明できれば、レッスンの説得力は格段に増します。

このシリーズを通して得られた知識を土台に、さらに自分の声や生徒の声を観察し、分析し、実践していきましょう。
声門閉鎖を理解することは、ジャンルを問わずすべての歌手にとって大きな武器になるはずです。

この記事を書いた人

桜田ヒロキ
桜田ヒロキ
米国Speech Level Singingにてアジア圏最高位レベル3.5(最高レベル5)を取得。2008〜2013年は教育管理ディレクターとして北アジアを統括。日本人唯一のインストラクターとしてデイブ・ストラウド氏(元SLS CEO)主宰のロサンゼルス合宿に抜擢。韓国ソウルやプサンでもセミナーを開催し、国際的に活動。
科学的根拠を重視し、英国Voice Care Centreでボーカルマッサージライセンスを取得。2022–2024年にニューヨーク大学Certificate in Vocology修了、Vocologistの資格を取得。
日本では「ハリウッド式ボイストレーニング」を提唱。科学と現場経験を融合させた独自メソッド。年間2,500回以上、延べ40,000回超のレッスン実績。指導した声は2,000名以上。
倖田來未、EXILE TRIBE、w-inds.などの全国ツアー帯同。舞台『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』主演・岩本照のトレーニング担当。
歌手の発声障害からの復帰支援。医療専門家との連携による、健康と芸術性を両立させるトレーニング。

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