変声期を迎えた少年歌手の発声障害の例

子役の変声期に直面する現場から

変声期を迎えるミュージカルの子役のトレーニングを担当することがあります。

子役はストーリー上とても重要な役を任されることが多く、舞台では高い歌唱力が求められます。
しかし、思春期にあたる彼らは精神的にも不安定になりやすく、本人も親御さんも非常に苦労されます。
男子の変声期では、しばしば「この美しい高音を残したい」と本人・親御さんの双方が強く望みます。
しかし実際には変声期は子供の声から大人の声へ切り替わる時期であり、本来であれば低音化して成熟した声質に適応していく必要があります。

ところが「少年の声を残したい」という願望のままトレーニングを続けると、かえって発声障害に陥ることがあります。

以下に紹介するのは、アメリカで報告された事例のひとつです。

ケーススタディ

背景
 ・変声期前からボーイソプラノとして活動し、裏声(falsetto/頭声)を多用していた。
 ・変声期に入り声域が低音化しても、本人は「変声期前の声」を維持しようとし、裏声主導の歌唱を続けた。

問題点
 ・オンセット(声の立ち上がり)が不安定で、息漏れを伴う場面が増加。
 ・低音域では声がかすれ、響きが薄くなる。
 ・長時間の歌唱で強い疲労感が生じるようになった。

診断と解釈
 この症例は「変声期障害(puberphonia / mutational falsetto)」に分類される(Cooper, 1973; Duffy & Hazlett, 2004)。
 本来、変声期には声帯が厚く長くなり、TA(甲状披裂筋)が主導するモーダル発声(地声発声)へ移行する。
 しかし裏声習慣が残ったため、CT(輪状甲状筋)主導の発声が固定化し、声門閉鎖が弱いままとなった。

介入と改善アプローチ

オンセット改善
 ・息漏れや強すぎるアタックを避け、声門閉鎖と呼気開始を同時に行う「バランス型オンセット」を習得。
 ・披裂筋の瞬発的な動きを回復させることを目的とした(Verdolini, 1998)。
 ・さらに、Vaidya(2012)の報告では喉頭手技療法を併用することで即時にピッチが低下し、安定した声門閉鎖を促せることが示されている。
喉頭のマニュアルセラピーについてはこちら

ピッチ矯正
 ・裏声依存から脱却し、低〜中音域でモーダル発声(地声)を導入。
 ・甲状被裂筋(TA)を再び使わせることで、安定した声門閉鎖を回復させた(Murphy & Blager, 1984)。
 ・Prakashら(2012)は、14〜18歳の患者30例に音声治療を行い、平均F0が208Hzから125Hzへと低下し、全員が正常音域に改善したと報告している。

レゾナント・ボイス・セラピー
※言語聴覚士がよく使う発声矯正法です
 ・軽く前方に響きを集める声を利用し、声帯や周辺筋の負担を減少。
 ・共鳴を活用して効率的閉鎖を導く(Verdolini et al., 2001)。
 ・Barmakら(2023, トルコ)の研究では、31例の平均F0が217Hzから127Hzに改善しただけでなく、GRBASやVHI-10(臨床で使われる声の判断指標)といった音質・自己評価も有意に改善しており、心理社会的な効果も大きいことが確認されている。

桜田ヒロキの考察

桜田ヒロキの視点から見ると、このケースは 「変声期に裏声習慣が残存し、声門閉鎖機能が大きく低下した例」 と整理できます。

オンセット不安定
 披裂筋の瞬発性が低下し、息が先行する「aspirated onset(息漏れオンセット)」が頻発したと推測できます。
 オンセット矯正と手技療法の併用は、この改善を直接的に狙ったものです。

ピッチ矯正
 裏声依存が続くと低音域で声が弱くなる。これは輪状甲状筋(CT)主導のまま低音化するため、声門閉鎖が起こらないことが原因です。
 臨床的にも数回の治療でF0(このケースでは話し声のピッチ)が大幅に改善する(つまりは話し声のピッチが下がる)ことが示されており、短期間での効果が期待できます。

レゾナント発声
 響きを前に誘導することで、筋力に頼らず自然に閉鎖が起きやすくなる。
 さらに心理的・社会的QOLの改善も伴うことから、若い歌手にとって非常に有効な方法です。

まとめ

変声期は「声の使い方を再構築する重要な転換期」です。
しかし、変声期前の声を残そうとするあまり裏声習慣に固執すると、声門閉鎖が阻害され、声の不安定さや疲労が慢性化します。
教育者や親御さんがすべきことは、少年に「大人の声へ移行することの大切さ」を理解させ、モーダル発声への移行を支援することです。

その過程で、音声治療や手技療法のような臨床的アプローチを活用することで、安定した歌唱力と心理的安心を同時に得ることが可能になります。

ツアー中に発声障害に罹患したロック歌手のケース(第1話)

歌声の機能回復を目的としたボイストレーニング・発声調整はこちらをどうぞ

この記事を書いた人

桜田ヒロキ
桜田ヒロキ
米国Speech Level Singingにてアジア圏最高位レベル3.5(最高レベル5)を取得。2008〜2013年は教育管理ディレクターとして北アジアを統括。日本人唯一のインストラクターとしてデイブ・ストラウド氏(元SLS CEO)主宰のロサンゼルス合宿に抜擢。韓国ソウルやプサンでもセミナーを開催し、国際的に活動。
科学的根拠を重視し、英国Voice Care Centreでボーカルマッサージライセンスを取得。2022–2024年にニューヨーク大学Certificate in Vocology修了、Vocologistの資格を取得。
日本では「ハリウッド式ボイストレーニング」を提唱。科学と現場経験を融合させた独自メソッド。年間2,500回以上、延べ40,000回超のレッスン実績。指導した声は2,000名以上。
倖田來未、EXILE TRIBE、w-inds.などの全国ツアー帯同。舞台『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』主演・岩本照のトレーニング担当。
歌手の発声障害からの復帰支援。医療専門家との連携による、健康と芸術性を両立させるトレーニング。

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