1. 桜田の現場から見る「声の過剰使用」
プロ志望の方にとって、連日の本番を声を嗄らさず乗りきることは最大の目標です。しかし、楽器奏者と異なり、声には練習しすぎのリスクがあります。
実際、私の生徒で声帯結節を2度手術した方がいましたが、長時間の練習が癖になり、気づけば1日10時間練習していると。これは明らかなるオーバーユースであり、即座にスケジュールを見直す必要がありました。
2. 声の予算(Vocal Budget)とは?
声も筋肉と粘膜から成る組織です。過負荷を「出費」、休息や水分を「貯蓄」ととらえ、どれだけ“使える声”を保てるかを管理するのが 声の予算です。
3. 科学的裏づけ:声のドーズ(Vocal Dose)研究
指標 | 説明 |
---|---|
Phonation Time Dose | 総発声時間の累積 |
Cycle Dose | 周波数 × 発声時間 →「総振動回数」(歩数計の総歩数に相当) |
Distance Dose | SPL(音圧レベル)などから推定した振幅 × サイクル →「声帯移動総距離」(歩数×歩幅=距離に相当) |
研究では、これらのドーズが声疲労や障害リスクと強く関連することが示されています。
4. 自分の声を感じ取る力:EASE と VFI
客観的なドーズ測定と合わせて、主観的な声の状態を定期的に確認することも重要です。
EASE(Evaluation of the Ability to Sing Easily)
歌唱の「楽さ」を評価する質問票。以下はEASEの質問例です。
- 私の声はかすれている。
- 喉の筋肉が使いすぎて疲れているように感じる。
- 声がひっくり返ったり途切れたりする。
- 高音が出しにくい。
- 歌うことがとても大変に感じる。
EASEフォーム(英語・外部サイト): Bayside Voice Centre / MVAC
VFI(Vocal Fatigue Index)
声の疲労感を評価する質問票。以下はVFIの質問例です。
- 話すと声が疲れてくる。
- 声を使うことが労力のように感じる。
- 話していると次第に負担感が強くなる。
- 声を使うと嗄声(かすれ)が増える。
- 休んだ後は声が楽になる。
VFIチェック(英語・外部サイト): Voxbalance / Scribd(資料)
5. 声の予算を賢く使う実践ポイント
- ペーシング:高負荷の翌日は必ず負荷を抑える。大声の連続使用を避ける。
- ハイドレーション:加湿と水分で発声閾値圧(PTP)を下げ、効率を改善。
- 効率的発声技術:
- SOVT(ストロー発声)→ 衝突ストレス軽減
- RVT(レゾナント・ボイス)→ 音響効率を最大化
- Flow Phonation → 呼気流と筋緊張の調整
- 休息:絶対安静よりも「相対的休息+効率的再負荷」が推奨。
6. まとめ
「声の予算」という考え方は、研究と臨床データに基づく科学的フレームワークです。客観(ドーズ測定)と主観(EASE/VFI)の両面から声をモニタリングすることで、練習や本番でのリスクを大幅に下げられます。
声を計画的に使うことは、プロフェッショナルとしてのキャリアを支える最大の投資です。
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この記事を書いた人

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セス・リッグス Speech Level Singing公認インストラクター日本人最高位レベル3.5(2008年1月〜2013年12月)
米Vocology In Practice認定インストラクター
アーティスト、俳優、プロアマ問わず年間およそ3000レッスン(のべレッスン数は裕に30000回を超える)を行う超人気ボイストレーナー。
アメリカ、韓国など国内外を問わず活躍中。
所属・参加学会
Speech Level Singing international
Vocology in Practice
International Voice Teacher Of Mix
The Fall Voice Conference
Singing Voice Science Workshop
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