10代前半の女の子のシンガーや俳優をトレーニングしていると、「息っぽい」「地声が出しにくい」という声の悩みに出会うことがあります。これは本人の努力不足ではなく、思春期特有の生理的変化が関わっているケースが多くあります。
息っぽさの主な原因:後部声門ギャップ(posterior glottal gap)
思春期女子の息っぽさは、声門後部の隙間(mutational chink)が主要因の一つとして古くから報告されています(Gackle, 1991)。
これは、披裂間筋(interarytenoid muscle)の収縮が未熟または弱いことで起こる一過性の閉鎖不全です。
特に10〜14歳頃の女子では、喉頭全体の形態がまだ成長途中であり、声帯の長さや厚みは成人女性より短く・薄い状態です。
そのため、閉鎖動作の精度や持久性が低く、息漏れの多い声質(breathiness)になりやすい傾向があります。
実際、健康な若年女性でも後部声門ギャップが高頻度に見られるという内視鏡研究があり(85%以上で観察)、必ずしも病的ではありませんが、歌唱や長時間の発声では効率低下を招くことが示されています(Karnell et al., 1995)。
ホルモン・組織の変化も影響
思春期はエストロゲンなどの性ホルモン分泌が大きく変化する時期で、声帯の粘膜や固有層の組成にも影響を与えます。
粘膜層に水分が増えやすく、浮腫状になることで閉鎖効率が下がる
層状構造(弾性線維・膠原線維)の成熟が不十分で、粘膜波の安定性が低い
これらは特に月経周期や体調変化で声の出しやすさが日ごとに変わる要因にもなります。
トレーニングの方向性
思春期女子の息っぽい声に対しては、無理な強閉鎖ではなく、機能的で持続可能な閉鎖パターンを身につけることが重要です。以下は研究報告や発声科学に基づいたアプローチ例です。
1. ボーカルフライ(Vocal Fry)
ボーカルフライは、声帯を低振動・高接触率で動かすため、後部声門の閉鎖促進に有効とされます(Blitzer et al., 2014)。短時間・低負荷で取り入れるのが安全です。
2. 低音域の地声発声
低音域では甲状披裂筋(TA筋)の活動が高まり、声帯全体がしっかり接触します(Hirano, 1981)。これにより閉鎖力と厚み感を育てることができます。
3. SOVT(半閉鎖声道発声)トレーニング
ストロー発声などのSOVTは、声門上下圧のバランスを整え、声門閉鎖を効率化します(Titze, 2006)。息漏れを減らしつつ、筋緊張を過剰に高めないため、安全性が高い方法です。
具体的なトレーニング方法はこちらをご覧下さい。
まとめ
思春期女子の息っぽさや地声の出しにくさは、生理的発達過程でよく見られる現象であり、後部声門ギャップや組織の未成熟が背景にあります。
適切な発声トレーニングによって、無理なく効率的な閉鎖を促すことで、歌唱や演技のパフォーマンスを安定させることができます。
この記事を書いた人

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米国Speech Level Singingにてアジア圏最高位レベル3.5(最高レベル5)を取得。2008〜2013年は教育管理ディレクターとして北アジアを統括。日本人唯一のインストラクターとしてデイブ・ストラウド氏(元SLS CEO)主宰のロサンゼルス合宿に抜擢。韓国ソウルやプサンでもセミナーを開催し、国際的に活動。
科学的根拠を重視し、英国Voice Care Centreでボーカルマッサージライセンスを取得。2022–2024年にニューヨーク大学Certificate in Vocology修了、Vocologistの資格を取得。
日本では「ハリウッド式ボイストレーニング」を提唱。科学と現場経験を融合させた独自メソッド。年間2,500回以上、延べ40,000回超のレッスン実績。指導した声は2,000名以上。
倖田來未、EXILE TRIBE、w-inds.などの全国ツアー帯同。舞台『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』主演・岩本照のトレーニング担当。
歌手の発声障害からの復帰支援。医療専門家との連携による、健康と芸術性を両立させるトレーニング。