声の加齢変化― 男性と女性の比較

声の加齢変化(第4回)― 男性と女性の比較

加齢によるシリーズの目次はこちら
加齢と声の関係:歌手にとって避けて通れない課題を考える
男性歌手必見!男声の加齢による変化とは?
女性の声の加齢変化(第1話)― 低音化とその原因
女性の声の加齢変化(第2話)― 影響と研究から見える現実
女性の声の加齢変化(第3話)― 対策とハビリテーションの実践
声の加齢変化― 男性編 詳細解説

はじめに:男女で逆方向に進む声の加齢

加齢によって声が変わることは誰にでも起こる自然な現象ですが、その変化の方向性は男女で大きく異なります。男性は年齢を重ねると声が少しずつ高くなるのに対し、女性は逆に声が低くなるのです。
この現象は単なる個人差ではなく、解剖学・ホルモン・筋力・呼吸機能、そして文化的背景の複合的な影響によるものです。
ここでは、研究の知見を踏まえながら「なぜ男女で異なる変化が起こるのか」を整理し、歌手やボイストレーナーが現場で活かせる視点を探ります。

解剖学的な差異

男女の声帯はもともと構造や大きさが異なります。
男性の声帯は長く厚みがあり、甲状軟骨(のど仏)も大きく前方に突出しています。
一方で女性の声帯は短く薄く、甲状軟骨も小型です。

加齢とともに、男性の甲状軟骨は骨化が進み、可動性が低下します。
若年期の軟骨は柔らかいため、声帯の伸展に合わせて、なんと甲状軟骨も伸びているのです(!!)
その結果、声帯の伸展が制限され、声域の調整が難しくなります。
(声帯の伸展が制限される結果、声帯に加えられるストレスが高くなるので、高音域が安定するとの研究もあります)

女性では甲状軟骨の骨化は比較的少ないものの、声帯粘膜に浮腫や厚みの増加が起こり、共鳴特性が変化しやすいことが知られています。
この違いは「男性は声の響きのパワーが落ちる」「女性は声の高さが落ちる」という方向性の違いにつながります。

ホルモン変動と声の違い

声の男女差を最も強く特徴づけるのがホルモン変化です。
男性では加齢とともにテストステロンが減少し、声帯筋の萎縮の結果、声門閉鎖不全が目立つようになります。
その結果、声が細く、息漏れや粗さのある声になりやすいのです。

女性では更年期を境にエストロゲンが急激に減少し、声帯粘膜の潤いが失われて硬化や浮腫が生じます。
これにより基音周波数(ピッチ/F0)が下がり、声が低音化します。Abitbol ら(1999)は、更年期後の女性で声帯の厚み増加と高音域喪失が顕著であることを報告しています。
このように、男性は声帯筋の衰えが、女性は粘膜の質的変化が、それぞれ声に大きな影響を与えるのです。

筋力差と可動性

男女の筋力差は声にも反映されます。
男性は声帯を含む喉頭周囲の筋力が強いため、加齢による筋力低下が始まってもある程度の余力が残ります。
しかし筋量の減少が進むと、声門がしっかり閉じられなくなり、掠れやすい声質につながります。

女性はもともと筋量が少なく、そこにホルモン変化の影響も重なるため、加齢に伴う低音化が顕著に現れます。
結果として「男性は声のパワーが減る」「女性は声が低くなる」という対照的な変化が見られるのです。

呼吸機能の加齢変化

声は呼吸機能に大きく依存します。
男女ともに加齢により肺活量が減少し、呼吸筋も弱くなります。
多くの歌手から寄せられる訴えとして長いフレーズで息が続かないというものがあります。
これは男女共通の現象ですが、原因には違いがある可能性があります。
男性では声門閉鎖不全によって息が漏れてしまうケースが多く、女性では呼吸筋や呼吸器系の衰えが強く影響している可能性があります。

科学的にも、Hoit & Hixon(1987)、Smith ら(2010)は加齢による呼吸機能の低下が発声持続時間の減少につながることを報告しています。

さらに、Stathopoulos ら(2010)は高齢者の音声における呼気流量の増加と安定性の低下を観察しており、これは長いフレーズを支える能力の低下を裏付けています。
男性と女性で異なるメカニズムを持ちながらも、「持久力の低下」という共通の問題に直結する点が重要です。

文化・言語背景の影響

男女の生理的な変化に加え、文化的な声の評価も大きな違いを生みます。
英語圏では「低い女性の声」は落ち着きや信頼感と結びつけられることが多く、加齢による低音化が必ずしもマイナスには捉えられません。
逆に「高い女性の声」は幼さや未熟さと見なされる傾向すらあります。

一方、日本語圏では「高い女性の声」が若々しさや可愛らしさと結びついており、低音化はネガティブに評価されやすいのです。
この文化的評価の違いは、加齢による声の変化が本人に与える心理的インパクトを大きく左右します。

現場における男女差の実感

桜田の現場での実感としても、男性歌手からの相談は「声量が落ちた」「声が掠れるようになった」という声が多く、女性歌手からの相談は「高音が出しにくくなった、詰まるようになった」「声の艶がなくなってきた」というものが中心です。

つまり、男性は声の強さの維持が、女性は声の高さと艶の維持が最大の課題となります。この違いを理解することは、ボイストレーナーや SLP がトレーニングやリハビリテーションを設計するうえで非常に重要です。

男女比較から見えるもの

男女の加齢による声の変化を整理すると、次のようにまとめられます。

– 男性:テストステロン低下+筋量減少 → 声帯筋の萎縮 → 声門閉鎖不全 → 掠れ声・パワー低下
– 女性:エストロゲン低下+粘膜変化 → 声帯の厚み増加・乾燥 → F0 低下 → 高音喪失・低音化・艶の喪失
– 共通:呼吸機能の低下 → 長いフレーズが続かない、声の持久力・安定性の低下
– 文化差:低音化は欧米では信頼感、日本では老化と結びつく

まとめ

男性と女性の声の加齢変化は「逆方向に進む現象」として語られますが、その背景には解剖学・ホルモン・筋力・呼吸・文化といった多くの要因が関わっています。
男性は声量低下と掠れ声、女性は高音域の喪失と艶の低下という異なる課題を抱えるため、アプローチも大きく変わります。
ボイストレーニングボイス・ハビリテーションを行う際には、この性差を理解し、それぞれに応じた方法を選択することが求められます。

声は年齢とともに変化するものですが、その変化を正しく理解すれば、男性も女性も「新しい声」を育て、歌い続けることができるのです。

この記事を書いた人

桜田ヒロキ
桜田ヒロキ
米国Speech Level Singingにてアジア圏最高位レベル3.5(最高レベル5)を取得。2008〜2013年は教育管理ディレクターとして北アジアを統括。日本人唯一のインストラクターとしてデイブ・ストラウド氏(元SLS CEO)主宰のロサンゼルス合宿に抜擢。韓国ソウルやプサンでもセミナーを開催し、国際的に活動。
科学的根拠を重視し、英国Voice Care Centreでボーカルマッサージライセンスを取得。2022–2024年にニューヨーク大学Certificate in Vocology修了、Vocologistの資格を取得。
日本では「ハリウッド式ボイストレーニング」を提唱。科学と現場経験を融合させた独自メソッド。年間2,500回以上、延べ40,000回超のレッスン実績。指導した声は2,000名以上。
倖田來未、EXILE TRIBE、w-inds.などの全国ツアー帯同。舞台『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』主演・岩本照のトレーニング担当。
歌手の発声障害からの復帰支援。医療専門家との連携による、健康と芸術性を両立させるトレーニング。

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