加齢の声への影響とボイストレーニングについて論文を調べてみた 第2話

【第2話】加齢しても発声機能は改善できます

有酸素運動・継続歌唱・段階的ウォームアップの科学的根拠と実践的アプローチ

加齢に伴って声の立ち上がりが遅くなる、高音が硬くなる、息漏れが増えるなどの変化を自覚する方は非常に多いです。
第1話 加齢で声に何が起きるのかで扱ったように、こうした変化は声帯粘膜の物性変化、声帯筋の反応性低下、神経伝達速度の変化など、加齢による生理学的変化で説明できます。

しかし重要なのは、これらの変化が「改善できない」という意味ではない点です。近年の研究では、発声前の身体的準備、発声頻度、日常の運動習慣などが、加齢後の発声機能に強く影響することが示されています。さらに、適切なウォームアップ設計や中長期的なトレーニング計画を導入することで、加齢後でも発声機能が向上することが確認されています。

今回扱う2つの研究は、加齢声への介入を設計する上で非常に重要な示唆を与えてくれます。

発声前の有酸素運動が声の立ち上がりを改善する理由

Brownら(2019)は、軽い有酸素運動が発声効率に与える影響を検証しました。研究の中心は、発声開始に必要な最小声門下圧であるPTP(Phonation Threshold Pressure)の変化です。

● 研究の主な報告内容
・有酸素運動後に PTPが低下する
・血中酸素飽和度が上昇する
結果として
・声が出しやすくなる
・声の立ち上がりが改善する
・発声の負荷が低減する

PTPの低下は、声帯がより少ない力で振動を開始できる状態を示します。これは声帯粘膜の粘弾性の改善、呼吸系のサポート向上、喉頭筋の反応性改善など複合的な要因によるものと考えられています。

加齢後の声では、筋の反応性や粘膜の柔軟性が低下する傾向にあるため、この「発声前の全身運動」の効果は特に大きな意味を持ちます。

ウォーキングとSOVTを併用した準備が有効な理由


桜田自身も、発声前の身体準備を重視しています。具体的には、朝は家からスタジオまで約25分のやや早歩きで通っています。ペースは一定ではなく、体調に応じて緩急をつけていますが、有酸素運動を行うことで身体と声の両方が明らかに“起きた状態”でレッスンに入れます。

また、ウォーキング中にストローエクササイズ(SOVT)を行うと、さらに声の立ち上がりが整いやすいという実感があります。この方法では以下のような効果を感じています。

・全身の血流改善
・喉頭周辺の筋の緊張緩和
・粘膜の潤い改善
・呼吸器系の自然な活性化
・声門閉鎖が過剰にならず適切に整う

結果として、スタジオ到着時点で喉頭の反応性が高くなっており、レッスンが非常にスムーズに進みます。

このアプローチは加齢声に限らず、若年層のオーディションや本番前のウォーミングアップにも応用できます。
● 汎用性の高い準備の流れ
・軽いジョギングまたはHIITで全身の血流を促す
・シャワー中に軽いSOVTで発声器官のウォーミングアップ・加湿する
・段階的に発声練習へ移行する
・最終的に本番を想定した発声へ近づける

このプロセスにより、身体・喉頭・粘膜の状態が本番に最適化されやすくなります。

歌い続けるほど声の老化が緩やかになる理由

Sundbergら(2010)は、長年歌唱を続けている職業歌手の声源パラメータを分析し、加齢変化の特徴を比較しました。

● 研究で報告された主な内容
・声門閉鎖の加齢変化が小さい
・基本周波数(F0)の安定性が維持されやすい
・音域の低下が緩やか
・声の制御性が保たれる傾向がある

これらは、継続的な発声活動が喉頭の筋活動、声帯粘膜の振動性、神経系の反応性などに対して保護的に働く可能性を示しています。
発声頻度や発声習慣が、加齢後の声帯機能に影響を与えるという点は、実践的に非常に重要です。

継続的な発声が機能改善に寄与するという臨床的観点

桜田スタジオでも、50代・60代・70代の方が音域を広げたり、声量が改善したり、発声の持久力が向上する例が数多く見られます。

加齢した声は若年期とは異なる身体条件ですが、適切な負荷と頻度で発声刺激を与えれば、機能的な変化は十分に起こります。桜田が重要視しているのは以下のような点です。

・機能改善と技術向上を並行させること
・加齢に伴う“必要な準備時間”を見越してスケジュールを組むこと
・音域だけでなく、音色や共鳴、言語明瞭度なども改善対象とすること
・現在の声の状態に合わせてトレーニング方法を最適化すること

「年齢だから改善しない」という認識は、研究的にも臨床的にも正確ではないと考えています。

加齢声に適したウォームアップの特徴

血流 → 粘膜 → 音域 の順に整える

加齢後の声では、若年層と比較して発声に適応するために必要な準備の“段階”が増える傾向があります。そのため、ウォームアップを以下のように段階化することが有効です。

● 有効な段階的ウォームアップの流れ
・血流の改善
・有酸素運動により喉頭への血流も向上させる
・粘膜波の誘導(SOVTなど)
・高音域へ移行する前の重要なプロセスとして位置づける
・喉頭の可動性を確認する
・下制・挙上・甲状軟骨の可動性などを確認しながら進める
・音域拡大を開始する
・低〜中音域を経て高音へ移行する
・本番レベルの発声へ近づける(パフォーマンスレベルでの歌唱)

この順序を守ることで、喉頭の過緊張や声帯への過負荷を防ぎながら、発声機能を効率的に向上させることができます。

加齢声のボイトレは短期改善ではなく段階的適応が鍵です

加齢した声では、短期間で劇的な変化を期待するよりも、中長期での変化を前提にしたアプローチが適しています。

● 中長期的なボイトレ設計のポイント
・適切な頻度で発声刺激を与える
・小さな成功体験を積み重ねて筋機能を再教育する
・音域・音色・共鳴を“現在の身体で最適化する”
・過負荷を避けつつ、段階的に負荷を上げる
・声帯粘膜の反応性に応じてアプローチを細かく調整する

Sundbergの研究が示した“継続歌唱の保護効果”は、中長期的視点の重要性を科学的に支持しています。

まとめ

加齢に伴う声の変化は、生理学的な変化に基づくものですが、以下の点が科学的に示されています。

発声前の有酸素運動は、声の立ち上がりと発声効率を改善します(Brown 2019)
継続的な歌唱は、加齢変化を緩和する可能性があります(Sundberg 2010)
段階的ウォームアップと中長期的なトレーニング設計により、発声機能は改善が見込めます

加齢した声に対しては、“若い頃のやり方に戻す”のではなく、現在の身体に合わせて発声設計を再構築することが最も有効です。
このように設計を見直すことで、声は十分に改善し、表現力も向上していきます。

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この記事を書いた人

桜田ヒロキ
桜田ヒロキ
米国Speech Level Singingにてアジア圏最高位レベル3.5(最高レベル5)を取得。2008〜2013年は教育管理ディレクターとして北アジアを統括。日本人唯一のインストラクターとしてデイブ・ストラウド氏(元SLS CEO)主宰のロサンゼルス合宿に抜擢。韓国ソウルやプサンでもセミナーを開催し、国際的に活動。
科学的根拠を重視し、英国Voice Care Centreでボーカルマッサージライセンスを取得。2022–2024年にニューヨーク大学Certificate in Vocology修了、Vocologistの資格を取得。
日本では「ハリウッド式ボイストレーニング」を提唱。科学と現場経験を融合させた独自メソッド。年間2,500回以上、延べ40,000回超のレッスン実績。指導した声は2,000名以上。
倖田來未、EXILE TRIBE、w-inds.などの全国ツアー帯同。舞台『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』主演・岩本照のトレーニング担当。
歌手の発声障害からの復帰支援。医療専門家との連携による、健康と芸術性を両立させるトレーニング。

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