こんな時はSOVTですらやったらダメ!

炎症・浮腫があると、なぜSOVTの効果を感じにくくなるのか

第1話SOVTで出来る事と出来ない事を考えてみよう!では、SOVT(Semi-Occluded Vocal Tract)は声帯の振動そのものを直接改善する”練習”ではなく、声帯が無理な条件で振動しなくても済む環境を作るための手法であるという整理をしました。
SOVTは機能的な問題(技術を含む)には効果を発揮しやすい一方で、炎症や浮腫がある状態では効果を感じにくくなるケースがある、という点にも触れました。

第2話では、なぜ炎症や浮腫があるとSOVTが効きにくくなるのかを、声帯振動の「開始」と「維持」という視点から、もう一段踏み込んで整理していきます。

炎症・浮腫がある声帯では、まず構造的条件が変化する

炎症や浮腫がある声帯では、まず声帯そのものの構造条件が変化します。具体的には、次のような変化が起こります。
・声帯の質量が増加する
・粘膜が厚くなり、動きが鈍くなる
・粘膜波の伝播効率が低下する
・振動が均一になりにくくなる

これらはすべて、声帯という楽器そのものが「重く」「鳴りにくく」なる方向の変化です。この状態では、健康なときと同じように発声をしようとしても、同じような振動を作ることはできません。
言い換えると、炎症や浮腫がある声帯は、そもそも良い振動を作りにくい状態にあるということになります。

声帯の振動開始・維持条件を満たせなくなる

炎症や浮腫がある状態でSOVTを行うと、「声が止まる」「裏声が出なくなる」「息だけになる」といった事が起きることがあります。
このとき多くの人は、声帯が動かなくなった、あるいはSOVTによって声帯が止められている、と感じます。
実際には、声帯振動を開始し、さらにそれを維持するための条件を満たせなくなっているという状態が起きています。
この視点に立つことで、SOVTが「効かない」「合わない」と感じる現象を、より正確に理解することができます。

PTP(振動開始圧)という視点

この現象を理解するために重要になるのが、PTP(Phonation Threshold Pressure:振動開始圧)という概念です。
PTPとは、声帯振動を開始し、さらに振動を維持するために必要な最小限の圧を指します。 声帯は、空気が流れさえすれば自動的に振動するわけではありません。

以下のような条件が揃って、はじめて振動が成立します。
・一定以上の声門下圧
・十分な空気の流れ
・粘膜が振動できるだけの柔軟性

これらの条件のどれか1つでも不足すると、声帯振動は成立しにくくなります。

1つでも条件が変わったときに起こるのは、代償的な発声を行う事になります。
例)声帯が浮腫んで質量が多い
→質量の重い声帯に対して強い息を当てる。
+強い息に耐えられるように声門を強く圧迫する
+強い声門閉鎖を作るために通常使わない部位まで緊張させる

と言った具合に複合的に代償を行う事になってしまいます。

不調時に行う発声トレーニングはこちらの動画を参考にしてみてくださいね。

炎症・浮腫があるとPTPは上昇する

炎症や浮腫がある声帯では、質量の増加や粘膜波効率の低下によって、声帯振動を開始・維持するために必要な条件が厳しくなります。
音声生理学的には、この状態はPTPが上昇していると表現されます。

PTPが上昇しているということは、次のような状態を意味します。
・少ないエネルギー(労力)では振動に入れない
・ある程度以上の圧や駆動力が必要になる
・軽い振動モード(ファルセットやミックス)ほど成立しにくくなる

SOVTはPTP条件をさらに厳しくする場合がある

ここでSOVTの作用を重ねて考える必要があります。

SOVTは、次のような環境変化を声帯にもたらします。
・声門上圧を高める
・声門下圧との急激な圧差を小さくする
・発声を低負荷側に誘導する

”健康な声帯にとっては”これらの変化は振動の安定や衝突ストレスの低減につながります。
しかし、すでにPTPが上昇している炎症・浮腫時の声帯では、同じ条件が逆に問題になる場合があります。
SOVTによって利用できる圧差やエネルギーが制限されると、声帯振動を開始し、維持するための条件を満たせなくなり、結果として振動に入れなくなることがあるのです。

裏声が最初に消える理由

このとき、最初に影響を受けるのが裏声です。
裏声には、次のような特徴があります。
・声帯が薄い
・声帯が軽い
・振幅が小さい
・衝突が少ない

これらの特徴は、健康な状態では声帯への負担を抑える方向に働きます。
しかし、PTPが上昇している状態では、これらの特徴がそのまま「条件に最も敏感な振動モード」という意味を持つようになります。
その結果、
・地声や話し声は何とか成立する
・しかし裏声だけが入らない
・あるいは無音になる

という現象が起こります。
これは技術不足でも、SOVTの失敗でもなく、PTP上昇の影響を裏声が最初に受けているという、生理学的に自然な結果です。

軽い炎症レベルにおけるSOVTの「クールダウン的」な役割

ここまで述べてきたように、炎症や浮腫が明確に存在する状態では、SOVTは万能ではなく、場合によっては声帯振動を成立させる条件をさらに厳しくしてしまう可能性があります。

しかし炎症反応が比較的軽度で、強い浮腫や明確な振動障害が起きていない段階であれば、SOVTやごく軽い発声刺激が、回復を促す方向に働く可能性が考えられます。
この考え方は、いわゆる「クールダウン」の概念と共通しています。
クールダウン的な発声では、
・発声システムへの過剰な負荷をかけず
・喉頭周囲の血流を極端に落とさず
・過度な筋緊張や呼気駆動を抑えた状態を保つ

ことが目的になります。

実際、音声研究や臨床報告では、SOVTやレゾナント発声が、発声努力感の低下や喉頭周囲筋活動の減少と関連することが示されています。
レゾナント発声についてはこちらをご覧下さい。

これらの変化は、声帯への機械的ストレスを抑える、結果として炎症反応の悪化を防ぐ、回復を助ける可能性があると考えられます。
ただし重要なのは、ここで言う「回復を促す可能性」は、軽度の炎症反応に限った話であるという点です。
すでにPTPが大きく上昇し、振動開始・維持が困難になっている状態では、SOVTを含む発声刺激そのものが負担となり得ます。

したがって、SOVTがクールダウン的に有効かどうかは、
・炎症の程度
・浮腫の有無
・そもそsも振動が成立しているかどうか(裏声が出せるか)

といった条件を慎重に見極めたうえで判断する必要があります。

それでもSOVTを使う意味は「学習保存」にある

では、炎症や浮腫がある状態で、裏声も出ず、SOVTの効果も感じにくいのであれば、SOVTを行う意味はあるのでしょうか。

炎症・浮腫時におけるSOVTの目的は、次のように整理できると思います。
・声帯を治すことではない
・裏声を取り戻すことでもない
・発声衝突をこれ以上増やさない
・無理な押し込み発声を学習させない
・回復期に悪い代償運動を残さない

運動学習の観点から見ると、SOVTは「声を良くする練習」ではなく、「悪い学習を起こさせないための環境調整」として、限定的な価値を持つと言えます。

まとめ:SOVTは万能ではない

ここまでの内容を踏まえると、明確に言えることがあります。SOVT決しては万能ではありません。
運動学習的な観点から見れば、SOVTには一定の効果が期待できる場面があります。
しかし、炎症や浮腫が明らかに存在する状況では、それよりも優先されるべき判断があります。
それは、
・声を休めること
・医師の診察を受け、状態に応じた指示を受けること

です。

声帯の状態によっては、発声練習そのものが回復を妨げる場合もあり、状況によってはSOVTを行うこと自体が、声にとってデメリットになる可能性すらあります。
SOVTは、正しく使えば非常に有用なツールです。
しかしそれは、「いつでも」「誰にでも」「どんな状態でも」使える万能な方法という意味ではありません。今がトレーニングのフェーズなのか、それとも休養や医師の診察、治療が最優先されるフェーズなのかを見極めること。
その判断力こそが、声を長く守り、最終的に技術向上へとつなげるために最も重要な要素だと言えるでしょう。

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この記事を書いた人

桜田ヒロキ
桜田ヒロキ
米国Speech Level Singingにてアジア圏最高位レベル3.5(最高レベル5)を取得。2008〜2013年は教育管理ディレクターとして北アジアを統括。日本人唯一のインストラクターとしてデイブ・ストラウド氏(元SLS CEO)主宰のロサンゼルス合宿に抜擢。韓国ソウルやプサンでもセミナーを開催し、国際的に活動。
科学的根拠を重視し、英国Voice Care Centreでボーカルマッサージライセンスを取得。2022–2024年にニューヨーク大学Certificate in Vocology修了、Vocologistの資格を取得。
日本では「ハリウッド式ボイストレーニング」を提唱。科学と現場経験を融合させた独自メソッド。年間2,500回以上、延べ40,000回超のレッスン実績。指導した声は2,000名以上。
倖田來未、EXILE TRIBE、w-inds.などの全国ツアー帯同。舞台『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』主演・岩本照のトレーニング担当。
歌手の発声障害からの復帰支援。医療専門家との連携による、健康と芸術性を両立させるトレーニング。

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