まずは定義から
筋緊張性発声障害(MTD)は、声帯やその周囲に器質的な異常がないのに、喉頭内外の筋肉が過度に緊張し、発声が非効率になる機能性音声障害です。
特徴的な所見としては、喉頭の挙上、仮声帯の過剰な内転、喉頭の前後圧縮などが見られます。
歌手の場合、これに伴って
・声が出しづらい
・息漏れやかすれ
・声が不安定になる
・レンジの一部が使えなくなる
といった症状が出ます。
歌手に発声障害が多い理由
メタアナリシスによると、歌手の自己申告ベースで約46%が何らかの音声トラブルを経験しており、その主要な診断の一つが発声障害(MTD)です。
ジャンルを問わず起こり得ますが、特に高負荷の歌唱(ミュージカル、ポップスなど)や、長時間のリハーサル・公演スケジュールを抱える歌手でリスクが高まります。
誤診と見落としの課題
MTDは器質的な病変がないため、一般的な耳鼻咽喉科の診察(話声だけの評価)では見逃されることがあります。
専門施設でのストロボスコピーや(声帯の動きをスローで観察できる機器)歌唱課題を含む評価によって初めて診断されるケースも少なくありません。
研究によると、初診から専門評価まで平均で1年以上かかる例もあり、その間に症状が固定化・悪化することがあります。
治療と改善のエビデンス
最新の研究から、特に歌手に有効とされるアプローチは次の通りです。
MCT(マニュアル・サーカムラリンジアル・セラピー)を含むボーカルマッサージ
頸部や喉頭周囲の過緊張をほぐす方法。有効性が確認され、即時効果も報告されています。
課題としては、どの部位の施術によって改善したか等、客観的な評価が難しい事です。
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SOVT(半閉鎖声道発声法)
ストロー発声や流抵抗チューブ(FRT)などで、声門上下の圧力バランスを最適化し、過緊張を減らします。
歌唱特化の機能的音声療法
(共鳴コントロール法)RCTで、歌手の声質や声道機能の改善が示されています。
ジャンルやレパートリーに合わせた声門設定と共鳴の調整を含みます。
歌手のためのセルフチェック
・高音や弱声での発声時に努力感や喉の締め付けを感じる
・練習後に首・肩まわりが硬くなる
・音域の一部だけ急に出しにくくなる
こうしたサインがあれば、早めに専門家(歌唱も評価できる喉頭専門医+音声療法士)に相談しましょう。
まとめ
MTDは「歌いすぎたら声が疲れた」という一過性の現象ではなく、声の使い方と筋緊張のパターンが固定化した機能的障害です。
医師による正しい診断と、ヴォーカルマッサージ+SOVTを中心とした機能回復プログラムで、多くの場合改善が可能です。
放置せず、早期にケアを始めることが、声のキャリアを守る第一歩と考えます。
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サーカム・ラリンジャル― 声を不自由解放するための科学と実践
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この記事を書いた人

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セス・リッグス Speech Level Singing公認インストラクター日本人最高位レベル3.5(2008年1月〜2013年12月)
米Vocology In Practice認定インストラクター
アーティスト、俳優、プロアマ問わず年間およそ3000レッスン(のべレッスン数は裕に30000回を超える)を行う超人気ボイストレーナー。
アメリカ、韓国など国内外を問わず活躍中。
所属・参加学会
Speech Level Singing international
Vocology in Practice
International Voice Teacher Of Mix
The Fall Voice Conference
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