ツアー中に発声障害に罹患した歌手のリカバリー法は?(第3話)

前回まで、アメリカで実際に起きた発声障害と、そのリカバリーのプロセスを紹介してきました。最終回となる今回は、現場で役立つ具体的なアドバイスをまとめてみます。

インイヤーモニターの設計術

ステージでの歌唱に大きく影響するのが、イヤモニの音作りです。
多くのアーティストは「自分の声をしっかり返して欲しい」とリクエストしますが、逆に声が大きく聞こえすぎると、発声がぶれてしまうこともあります。

実際、桜田のクライアントの中には「声を少し引っ込める設定」に変えたことでリハから本番まで安定するようになった方がいます。
注意したいのは、モニターエンジニアが聴いている音と、歌手本人が聴いている音は同じではないという点です。
アーティスト歌っている時、常に「自分の生声」も聴いており、さらに生声はイヤモニの音に干渉します。
そのため、エンジニアの調整だけで完結せず、本人の感覚とのすり合わせが不可欠です。

「サンドイッチ練習」で声を軽く保つ

本番直前におすすめなのが「サンドイッチ練習」。

SOVT(ストロー発声など)→歌唱→SOVTという流れで行い、軽やかな発声感覚を思い出す方法です。
レッスンの現場でも「歌う前にこれをやると声が軽く出る、ツヤが出る」と言う生徒が多く、実際に本番でも緊張に左右されず声が安定した例が数多くあります。

特に重要なのは「自分にとって出しやすい発声練習パターン」を早めに見つけておくこと。
母音・子音の組み合わせや音階など、人によって違うので、それを持っておくとツアーや収録で役立ちます。

ツアー中の声の予算管理

「Vocal Budget(声の予算)」という考え方があります。
ハードなツアー中は、歌以外での声の使用をいかに減らすかが勝負です。

声の予算は、使用量だけでなく、睡眠・水分・加湿などによっても変動します。
つまり「声の衛生管理」全体が予算配分に直結するということです。
ツアー中の小さな油断が、翌日の大きな声のトラブルに繋がることは珍しくありません。

キーを下げる勇気

最後に、もっとも勇気がいる決断のひとつが「キーを下げる」ことです。
10年前に作られたキー設定が、今の声に最適とは限りません。
高音続きの曲では「被せ」(録音音源との併用)を活用しつつスタミナを温存するのも現実的な方法です。

私の経験では、キーを下げることを発表した際に「今の声で聴けることが嬉しい」というファンの声が多く届きました。
歌手本人が思う以上に、ファンは柔軟で、現在の声を大切にしてくれる存在なのです。

まとめ

発声の健康を守るためにできることは、トレーニングや治療に限りません。
イヤモニの調整、発声準備の工夫、声の予算管理、キーの見直し――いずれも「現場で即使える声の戦略」です。
これらを取り入れることで、アーティストは過酷な環境でも自分の声を守り、表現を続けることができると考えます。

ツアー中に発声障害に罹患したロック歌手のケース(第1話)
ツアー中に発声障害に罹患したロック歌手のケース(第2話)

歌声の機能回復を目的としたボイストレーニング・発声調整はこちらをどうぞ

この記事を書いた人

桜田ヒロキ
桜田ヒロキ
セス・リッグス Speech Level Singing公認インストラクター日本人最高位レベル3.5(2008年1月〜2013年12月)
米Vocology In Practice認定インストラクター

アーティスト、俳優、プロアマ問わず年間およそ3000レッスン(のべレッスン数は裕に30000回を超える)を行う超人気ボイストレーナー。
アメリカ、韓国など国内外を問わず活躍中。

所属・参加学会
Speech Level Singing international
Vocology in Practice
International Voice Teacher Of Mix
The Fall Voice Conference
Singing Voice Science Workshop

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