- 2025.09.01
- ボイストレーナー育成 ミックスボイス 声の健康法 歌手の発声障害
第1話「本当にライトチェストですか?無理な「閉鎖トレーニング」が生むリスク」では、女性の声にしばしば見られる「後方ギャップ」を誤解したまま、無理に閉じさせるトレーニングを行う危険性についてお話ししました。今回は、その補足として「トレーナーが実際にレッスンで気をつけるべき視点」を、研究データを交えてまとめてみたいと思います。
1. 息っぽさ=閉鎖不足、ではない
後方ギャップは「異常」ではなく、多くの健常女性に自然に存在します。Chhetriら(2014, Journal of Voice)は20〜30歳の健常女性56名を調査し、85.7%で後方ギャップが観察されたと報告しました。しかし、その大多数は感覚的に認識できる息っぽさがないと評価されており、音響指標(基本周波数、声の震えの指標であるジッターやシマー、声の成分とノイズの比率を示すHNR)にも有意な悪化は見られませんでした。
つまり、「息が聞こえる=閉鎖が甘い」という単純な発想は正しくありません。ギャップがあっても声が明瞭であれば、それは生理的に正常な範囲と考えるべきです。
2. 無理な閉鎖はリスクが高い
Svecら(2008, JASA)は健常男女14名を対象に高速度内視鏡とEGGを用いた研究を行いました。その結果、女性は「息っぽい」条件で全員に後方ギャップが出現し、快適な発声でも多くに見られ、圧迫した発声ではほぼ消失しました。
しかし重要なのは、ギャップが出ていてもEGGで測定した声門閉鎖率(CQ)が必ずしも低下しないという点です。つまり、見た目に「閉じていない」からといって、即座に「閉鎖が弱い」とは限らないのです。
この事実を無視して「もっと閉じろ」と指導してしまうと、結果的に強すぎるグロータルアタック(声を強く当てて閉じる発声)や声門過閉鎖を誘発し、声の硬さ・疲労感・声量低下といった機能性発声障害(筋緊張性発声障害)を招くリスクがあります。実際、音声外来でも「無理な閉鎖トレーニングを控えるように」と注意を受ける例が報告されています。
3. ギャップを「悪者」にしない
Linville & Fisher(1985, JSHR)による70例の後方ギャップ調査では、その大きさが気流量や感覚的に認識できる息っぽさと強く相関することが確認されました。ただし、結節の有無やサイズとは無関係でした。
このことは、ギャップの存在自体よりも「声にどう影響を与えているか」を見極めることの方が重要であることを示しています。
- 声がクリアで響きも十分 → 改善不要
- 息っぽさが強く、声量や持続に影響 → アプローチが必要
4. 改善アプローチは「軽さ」と「流れ」から
もし改善が必要なケースであっても、解決策は「無理に閉じさせること」ではありません。ポイントは、声の軽さと流れを取り戻すことです。
- SOVT(ストロー、リップトリルなど)
→ 適度な声門下圧を生み、自然な閉鎖を引き出します。 - レゾナント・ボイスセラピーの考え方
→ 軽く響きを伴った声を繰り返すことで、閉鎖を過剰に意識せず自然な閉鎖を促します。 - オンセットの見直し
→ 強いアタックではなく、息と声が同時に流れ始めるスムーズなオンセットを習得する。
さらにBrockmann-Bauserら(2018, Journal of Voice)のプロ歌手20名を対象とした研究では、「息を意図的に増やした発声」では典型的な後方ギャップではなく、声帯長に沿う帯状のギャップが形成されることが確認されました。このときEGGのCQやSPL(音圧レベル)、CPP(声の規則性を表す指標)が低下するなど、声の質への影響が定量的に示されています。
まとめ
女性の後方ギャップは生理的に自然な現象であり、85%以上の健常女性に見られます。
「閉じていない=悪い」という思い込みで、無理に声門閉鎖を強制することは、かえって障害を引き起こすリスクがあります。
ボイストレーナーが意識すべきは「閉鎖があるか/ないか」という単純な二択ではなく、実際の声がどう響き、どう使えているかをトータルに観察することです。
その上で、必要に応じて「軽さ」と「流れ」を取り戻すアプローチを活用することが、クライアントの声を守り、健康的に成長させるための正しい道筋といえるでしょう。
本当にライトチェストですか?無理な「閉鎖トレーニング」が生むリスク
ボーカルマッサージについてはこちら
歌手に多い「機能性発声障害(筋緊張性発声障害)(MTD)」とは?
歌声の機能回復を目的としたボイストレーニング・発声調整はこちらをどうぞ
この記事を書いた人

-
米国Speech Level Singingにてアジア圏最高位レベル3.5(最高レベル5)を取得。2008〜2013年は教育管理ディレクターとして北アジアを統括。日本人唯一のインストラクターとしてデイブ・ストラウド氏(元SLS CEO)主宰のロサンゼルス合宿に抜擢。韓国ソウルやプサンでもセミナーを開催し、国際的に活動。
科学的根拠を重視し、英国Voice Care Centreでボーカルマッサージライセンスを取得。2022–2024年にニューヨーク大学Certificate in Vocology修了、Vocologistの資格を取得。
日本では「ハリウッド式ボイストレーニング」を提唱。科学と現場経験を融合させた独自メソッド。年間2,500回以上、延べ40,000回超のレッスン実績。指導した声は2,000名以上。
倖田來未、EXILE TRIBE、w-inds.などの全国ツアー帯同。舞台『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』主演・岩本照のトレーニング担当。
歌手の発声障害からの復帰支援。医療専門家との連携による、健康と芸術性を両立させるトレーニング。
最新の投稿
ボイストレーナー育成2025.09.03ボーカルフライの効能とリスク 〜ボイストレーナーの視点から〜
ボイストレーナー育成2025.09.01ライトチェストと誤診しないように〜ボイストレーナーが気をつけるポイント〜
ボーカルマッサージ2025.08.30舌骨とボーカルマッサージ – 舌骨サーフ(Hyoid Surf)
加齢による声の変化2025.08.29シンガーのための声の衛生 — 科学と実践から考えるボイスケア