近年のボイトレでは「強い声では声門閉鎖!」と言う風潮があります。
これも一部は正しいのですが、「声門閉鎖が100%行われると声帯は振動しなくなる」と言うのもあり、「良い塩梅が重要」と言うのはなんとなく分かっている方は多いと思います。
何よりも声門閉鎖が強烈に高いと、声帯出血など怪我のリスクが高まりますし、これが癖化すれば過緊張発声、過緊張性発声障害に陥る可能性もあります。
どのくらいが良い塩梅なのでしょうか。
声においてのパワーは、声帯の音と共鳴
声は、声帯で作られた音が、声道(共鳴腔)を通り、出力される母音や声色が出力が決定されます。
詳しくは過去ブログ 「ソースフィルター理論について」についてご覧下さい。
共鳴と声帯と言う観点で声のパワーを考えると声帯で作られる音そのものが、ある程度大きな音である必要はありますし、声道の持つ周波数特性との適合がうまくいく必要もあります。
声門閉鎖によるパワーは喉頭原音(声帯そのものの音)に所属しますので、今日はこちらにフォーカスを置いてみましょう。
息の流れ+声門閉鎖で作られる空気の加圧と減圧の大きさ
大きな音量を作るためには「強い息の力が必要」と言うのも「声帯の力が必要」と言うのもなんとなく体感として理解は出来るのはないでしょうか?
喉頭原音のパワーは「息の流れの大きさ+声門閉鎖で作られる空気の加圧と減圧の大きさ」で作られます。
ただし、息の流れを作るためには声帯を開く必要がありますし、空気の加圧・減圧を作るためには声門閉鎖が必要になります。
この「息の流れる量」と「声門閉鎖」と言う物はそれぞれ相反する要素ある事が分かると思います。
では恐らくこの相反する物理現象には適切なスィートスポットがあると予想出来ます。
空気の波の現象については息と声って何が違うの? をご覧下さい。
息の流れと声門閉鎖のスィートスポットは?
息の流れと声門閉鎖のスィートスポットを探す研究がユタ大学のIngo・Titze氏により行われました。
こちらの図を見てみましょう。
息の流れる量とMFDRの関係モデルでは、「息の流れによるパワー」と、「声門閉鎖によって作られるMaximum Flow Declination Rate(MFDR)によるパワー」の関係性を観る事が出来ます。
MFDRとは空気の流れが声門閉鎖により遮断され減圧される事を指し、それが急速であればある程、急速に空気が減圧される事を意味します。
急速に空気が減圧されると、その直後には逆に空気が急速に加圧され、その結果、大きな音のエネルギーを生み出します。
図の右側「息の流れる量とMFDRの関係モデル」では3つのパターンを表示しています。
線は空気の流れの動き、umは声門閉鎖によるMFDR。MFDRは角度が急であればある程、強いエネルギーを生み出します。
左のカーブ(青印)は約20%程度、声門を開放しその間に息が流れる(声門閉鎖率は80%)
→息の流れが非常に小さい。MFDRは大きい。
真ん中のカーブ(黄緑印)は約50%程度、声門を開放しその間に息が流れる(声門閉鎖率は50%)
→息の流れは中くらい。MFDRも角度がなだらかになり、中くらい。
真ん中のカーブ(赤印)は約100%、声門を開放しその間に息が流れる(声門閉鎖率は0%)
→息の流れは非常に大きい。MFDRは小さい。
これを観ると、空気の流れ、声門閉鎖によるパワーからそれぞれバランス良く恩恵を受けられているのは真ん中のカーブのように見えますね。
さらに左の図では、
・声門の開放率(息の流れによるパワー)
・MFDR(最大流減衰RATE/圧によるパワー)
をならべ、それぞれを足してみる事を行いました。(太線)
すると僕たちが歌っている時に得られる体感と非常に近い状況が観る事が出来ます。
太線の最も左側は「完全に声門が閉鎖し、息が流れていない=パワーは0」
最も右は「声門が開放しすぎて、パワーを作り辛い」
そして大体、55%の声門開放率。45%の声門閉鎖を観ると最も大きなパワーを得られている事が分かりました。
まとめ
この研究では、息が漏れすぎてもいけない、息の流れを著しく邪魔するほど声帯を強く閉じてもいけないと言う事が分かりました。
桜田の体感では、最もパワーが作られるのは45%よりもう少し上、55%程度かなと思いますが、大体50%前後の閉鎖率が適正と考えられそうです。
人間が通常、地声で会話をする時の声門閉鎖率が50%前後です。
そう考えると僕たちは会話時の発声で本能的に最も良い声門閉鎖率を選んでいるのかもしれません。
昨今のボイストレーナーが大騒ぎする程の声門閉鎖は必要ないのかもしれませんね。
この記事を書いた人

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米国Speech Level Singingにてアジア圏最高位レベル3.5(最高レベル5)を取得。2008〜2013年は教育管理ディレクターとして北アジアを統括。日本人唯一のインストラクターとしてデイブ・ストラウド氏(元SLS CEO)主宰のロサンゼルス合宿に抜擢。韓国ソウルやプサンでもセミナーを開催し、国際的に活動。
科学的根拠を重視し、英国Voice Care Centreでボーカルマッサージライセンスを取得。2022–2024年にニューヨーク大学Certificate in Vocology修了、Vocologistの資格を取得。
日本では「ハリウッド式ボイストレーニング」を提唱。科学と現場経験を融合させた独自メソッド。年間2,500回以上、延べ40,000回超のレッスン実績。指導した声は2,000名以上。
倖田來未、EXILE TRIBE、w-inds.などの全国ツアー帯同。舞台『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』主演・岩本照のトレーニング担当。
歌手の発声障害からの復帰支援。医療専門家との連携による、健康と芸術性を両立させるトレーニング。
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