はじめに
歌手や歌手志望の方にとって「声の出しにくさ」や「喉の詰まり感」は日常的な課題かもしれません。
高音に差し掛かると喉が固まる、長時間の稽古後に声が重たくなる、発声時に無意識に力んでしまう…。
こうした状態の背景には、筋緊張性発声障害(MTD) や、代償的な発声パターンの習慣化が隠れていることがあります。
この問題に対して注目されているのが、サーカム・ラリンジャル・マッサージ(Circumlaryngeal Massage, CLM)、通称ボーカルマッサージです。
サーカム・ラリンジャル・マッサージとは?
サーカム・ラリンジャル・マッサージは、喉頭や舌骨周囲の外喉頭筋を手技で緩める方法です。
Aronson(1990)によって臨床的に整理され、その後「筋緊張性発声障害(MTD)」の治療や、歌手の声のコンディショニングに用いられるようになりました。
主な目的
・甲状舌骨筋や舌骨上筋群の過緊張を緩和する
・喉頭の高位化や固定化を解除し、可動性を回復させる
・代償的に作られた発声習慣をリセットする
・発声訓練の前準備として、神経‐筋ネットワークを“リセット”し、運動学習をしやすくする
✅ 研究で示される効果
サーカム・ラリンジャル・マッサージは「ただ気持ちいい」だけの手技ではなく、複数の研究によって効果が裏付けられています。
音響的改善
・ジッターやシマーが減少し、HNR(倍音と雑音の比率)が改善(Rezaee Rad et al., 2018)
・声がより安定し、透明感が増す
・F0(話声の高さ)
→多くの研究で一貫して改善は見られず(Barsties & Latoszek, 2024)
声の高さは「発声習慣」に依存するため、訓練との併用が必須
臨床試験の例(Craig et al., 2015)
マッサージ単独よりも、発声訓練との併用が最も効果的
MPT(最長発声持続時間)、話声位、SVHI(音声ハンディキャップ指数)の改善に有意差
歌手を対象とした近年の研究(2023–2025)
マッサージで緊張を解除 → 発声訓練で適切な高さ・筋活動を再学習
この二段階により、歌唱パフォーマンス全般の改善が報告
👉 結論として、サーカム・ラリンジャル・マッサージは筋緊張を解く役割に特化し、声の使い方の学習と併用することで最大の効果を発揮します。
実際の方法と臨床上の注意
施術は喉周囲を直接操作するため、専門的な知識と訓練を受けた施術者によって行われます。
手技の基本
舌骨や甲状舌骨間を人差し指と親指で保持し、円運動・横ずらし・軽い圧迫を加える
筋肉の「こわばり」を探りながら、痛気持ちいい程度の圧で進める
喉頭の上下可動性を改善し、発声が軽くなるのを確認しながら調整
注意点
舌骨への内方向の圧迫は避ける(骨折リスク)
眩暈や痛みが出た場合は即中止
セッション時間は5〜15分程度が一般的
🎶 歌手にとっての意味
歌手にとってサーカム・ラリンジャル・マッサージは、次のような効果を期待できます。
・声区の切り替えがしやすくなる土台を作る
・高音域での「引っかかり」や「詰まり感」を軽減する
・長時間の稽古や公演後でも、声の回復を助ける
・本番前のコンディショニングとして、喉を“開放”した状態に整える
これは単なるマッサージではなく、歌手の声を守り、表現力を引き出すための科学的に裏付けられた方法です。
🧩 桜田の一般的なプロトコル
桜田のセッションでは、サーカム・ラリンジャル・マッサージを次のような流れに組み込みます。
1. 発声法の評価
いくつかのエクササイズを行いながら、声の出し方・タスク解決能力・適応力を確認します。
声区の行き来や息と声のバランスを観察し、必要に応じて軽く発声の調整を行います。
2. サーカム・ラリンジャル・マッサージ
喉頭や舌骨周囲の緊張を緩め、声を出しやすい状態を作ります。
代償的な力みを解除することで、声帯や共鳴の働きがスムーズになります。
3. リラックスした喉で発声法を再調整
緊張が解けた状態で、改めて声の高さや共鳴のコントロールを練習します。
サーカム・ラリンジャル・マッサージと発声訓練を組み合わせることで、運動学習が効率よく進み、声の安定と持久力につながります。
この流れは単なるリラクゼーションではなく、「緊張解除+運動学習」という科学的根拠に基づいた声の最適化プロセスです。
歌手やMTDで悩む方にとっては、声を回復させるだけでなく、表現力の高い声を取り戻すための基盤となります。
✅ まとめ
サーカム・ラリンジャル・マッサージは喉頭周囲の筋緊張を解除し、声の自由度を取り戻す手技
発声訓練との併用によって、声区移行や声の高さの安定といった学習効果が最大化する
桜田のセッションは「評価 → サーカム・ラリンジャル・マッサージ → 再調整」という流れで行われる
これは歌手にとって、声を守り、より表現力豊かなパフォーマンスへ導く科学的なアプローチになります
ボーカルマッサージについてはこちら
歌声の機能回復を目的としたボイストレーニング・発声調整はこちらをどうぞ
この記事を書いた人

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セス・リッグス Speech Level Singing公認インストラクター日本人最高位レベル3.5(2008年1月〜2013年12月)
米Vocology In Practice認定インストラクター
アーティスト、俳優、プロアマ問わず年間およそ3000レッスン(のべレッスン数は裕に30000回を超える)を行う超人気ボイストレーナー。
アメリカ、韓国など国内外を問わず活躍中。
所属・参加学会
Speech Level Singing international
Vocology in Practice
International Voice Teacher Of Mix
The Fall Voice Conference
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