- 2022.08.23
- 歌手のための音声学
当スタジオにいらっしゃるお客様の半数近くが「高い声を楽に出せるようにしたい」とご要望されます。
「今までどのような練習をしてきましたか?」と聴くとあまり効果的ではない方法で練習してきた方もいらっしゃります。
今回はあなたの練習の仕方が本当に適切か、どうか判断する材料になればとこの記事を書いています。
まずは自分の声の何に問題があるのか見極めが大事
ある女性の生徒さんが「高い声が苦手なので、VTチームのYOUTUBEの”高い声用のボイトレメニュー”の練習をしています!」と言っていました。
実際にその方の声を聞いてみると、張りのある声ではなく地声が抜けてしまっているような発声でした。
これはライトチェストorノーチェスト(地声が出ないタイプ)にあたります。 彼女に「高い声の地声が苦手だったのではありませんか?」と尋ねると、彼女は「はい」と答えました。
高い声の練習をする前に、低い声でしっかり地声を出す練習が必要でした。
高い声を出すとどうしても裏声になってしまうのが癖だからです。 その日のレッスンでは地声をしっかり出すようなメニューにしました。
ボイストレーニングのメニューは声の開発段階や目的に合わせ変化するもの
彼女の場合、いきなり高い声で練習するのが適切な方法ではなく、 地声がしっかり出るようになり定着してきた段階で高い声を出すエクササイズにシフトしていくことが必要です。
彼女のようにライトチェスト傾向の方が「地声を出したい」という願望の元にトレーニングするという意味では高い声のエクササイズをするというのはあまり正解ではなかったかもしれませんね。
目的に合っていない練習方法を突き詰めても待っているのは失望だけです
とあるフィジカルトレーナーさんが面白い例えをしていたのでボイストレーニングと紐づけてお話ししたいと思います。
そのトレーナーさんは「なぜ僕は具体的な説明を少なめにして、根本的な説明を多くするのか?」ということを言っていました。
具体的な方法というのは腕立て伏せやベンチブレスの仕方とのことでした。
彼は「具体的な方法を突き詰める危険性」という意味で言っていました。
例えばここにスープがあるとします。 「どうやってスープを効果的に”フォークを使って”飲むか?」と言う議論をする事に意味があるでしょうか?
スープを飲むのであればスプーンに持ち替えることが重要であるということです。
トレーニングの世界ではこのスープをフォークで飲むような方法の議論が多くされているとおっしゃっていました。
つまり目的に合っていない方法でトレーニングの仕方を突き詰めてもどうしようもないと言う事です。
ここでの具体的というのは道具の使い方を指し、根本的というのは道具の選択を指しています。
なぜこれが重要なのかというと、世の中には昔と違って「具体的な方法」やノウハウが散乱していますよね。
それよりも目的を見定めて、根本的なことをトレーニングしてあげることによって正しい練習方法を選ぶということが必要なのではないかと言っていました。 根本的なことを説明するということは本当に重要なことだと思いますし、根本的なことを受け取るのも本当に重要なことだと思います。
練習する事は必ずしも上達を意味するわけではない
2010年にダルビッシュ有さんがこんなことを言っていました。
「練習は嘘をつかないって言葉はあるけれど、頭を使って練習しないと普通に嘘つくよ」
ボイストレーナーのトレーニングをしていても思うことがあり、発声のメカニズムなどを説明すると「具体的にエクササイズをどう使えばいいですか?」と「具体的に!」という言葉をよく聞きます。
特にボイストレーナーの方の場合は、根本的に「何が」起きているから「どうすればいいのか」という問題解決のプロセスを検討する必要があります。
具体的な方法よりも、そのエクササイズが持っているコンセプトを理解する事に大きな意味があります。
自分でボイストレーニングを勉強している方であっても同じように具体的なやり方よりもコンセプトをきちんと理解する必要があります。地声が出し辛いライトチェストのタイプであれば、「高い声の練習をする前にまずは地声を解決しないといけないな」というようなアプローチが必要になってきます。
具体的は方法をたくさん見つけられる時代になってきたからこそ、自分にとって必要なことをきちんと見つけて選んで練習していくことが重要だと思います。 実際、声を出す感覚の良い人や本当に頭の良い人は取捨選択を間違えることはないので、自分にとって正しいものをどんどん選び、練習してどんどん積み上げていけば上手になっていくと思います。
一方、情報選択を間違ってしまうと伸びていくものも伸びなかったり、下手したら上手にならない期間を作ってしまったり、目標とは逆方向に進んでいってしまうこともあります。 情報選択はよくするようにしてください。
この人・このYouTuberは何を言おうとしているのかということをしっかり把握するようにして、エクササイズの取捨選択をしていけるようになれば自主トレーニングが大きく進歩するかもしれませんね。
この記事を書いた人

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米国Speech Level Singingにてアジア圏最高位レベル3.5(最高レベル5)を取得。2008〜2013年は教育管理ディレクターとして北アジアを統括。日本人唯一のインストラクターとしてデイブ・ストラウド氏(元SLS CEO)主宰のロサンゼルス合宿に抜擢。韓国ソウルやプサンでもセミナーを開催し、国際的に活動。
科学的根拠を重視し、英国Voice Care Centreでボーカルマッサージライセンスを取得。2022–2024年にニューヨーク大学Certificate in Vocology修了、Vocologistの資格を取得。
日本では「ハリウッド式ボイストレーニング」を提唱。科学と現場経験を融合させた独自メソッド。年間2,500回以上、延べ40,000回超のレッスン実績。指導した声は2,000名以上。
倖田來未、EXILE TRIBE、w-inds.などの全国ツアー帯同。舞台『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』主演・岩本照のトレーニング担当。
歌手の発声障害からの復帰支援。医療専門家との連携による、健康と芸術性を両立させるトレーニング。
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