母音と倍音の関係性。操作方法って?

前回のブログでは、日本語の5母音を声道の形状と共鳴と特性について解説しました。
日本語の5母音はイタリア語の5母音とほぼ近く、Pure Vowels(純粋な母音)とも呼ばれています。

今回は母音の共鳴特性と、倍音について、そしてそれぞれのコントロール法についてお話ししようと思います。

歌声において、倍音は歌った音程で決定される

整数次倍音においては「裏声 / 地声発声時の喉頭原音を音響解析」にもある通り、音程を歌った瞬間に出力される倍音が決定されます。

※倍音と倍音の間に「草むら(Bush)」のように小さな山が出来る事がありますが、それは気流音であったり、声帯の均等でない振動が起った際に出る一般的には雑音とされる物です。
ただ、この雑音が歌声においては良い意味で「味」の認識される事も多くあります。

では、例題としてG2(低いソ)の音の喉頭原音のモデルを見てみましょう。

厳密にはG2は100Hzではありませんが、およそ100Hzとした場合・・・。
基音 100Hz
第2倍音 200Hz
第3倍音 300Hz
と言った具合に、均等な周波数の幅で高い周波数に向かって出力されているのが、わかります。

では、G3(真ん中のドの下のソ)を歌った場合を見てみましょう。

基音 200Hz
第2倍音 400Hz
第3倍音 600Hz
と、倍音と倍音の周波数の幅が広くなると言う特性があります。

基音が400Hzの場合、第2倍音は800Hzとさらに広くなるわけです。
これは、先に述べたとおり、基音も倍音も、声を発した瞬間に物理的に決定されてしまうので倍音を変えるためには音程を変える以外の方法はありません。

今度は共鳴周波数について

共鳴周波数は、声道の形状で決定されます。
言い換えれば、声道の形状を少しでも変えれば共鳴周波数を変える事が出来ます。
歌手にとっては倍音をコントロールするよりも容易かもしれませんね!
ただし、声道は柔部組織であり、柔軟性が非常に高いため、歌っている際に事故で予期しない形になる危険性が高いとも言えます。

まずは、「あ」母音の周波数特性を見てみましょう。

図にすると分かりやすいですね。

この図はバリトンの男性をモデルとしたそうなので、
男性
F1(第一共鳴) 730Hz, F2(第二共鳴) 1100Hz
となります。

ここに倍音を入れてみましょう。
前回お話ししたソース・フィルタ理論ですね!

ここではより現実的な歌唱を想定するため、A3(220Hz)の音程を歌った想定のモデルです。
比較的、倍音が仲良く寄り添い合って歌いやすそうな感じがします。

次にA4(440Hz)を見てみましょう。男性のハイAと呼ばれる音ですね。

こうなってるのを見ると、倍音間の周波数幅がとても拡がり、上手に響かせる事が難しそうですよね。
実際、このモデルで見ても共鳴周波数のど真ん中に当たっている倍音は、少ないですね。
これが一般的に「高くなれば高くなるほど、発声が難しくなる」と言われる要因の1つと言えます。

実践編 倍音と共鳴周波数のコントロール方法

「え?倍音ってコントロール出来ないんじゃないの?」と言われそうですが、ピッチのコントロールを上手にやれば、それに伴う倍音のコントロールが可能になります。
歌唱技術を使っていけばいいのです。

基音、倍音のコントロール方法はこちら

■ ビブラート
ビブラートは狙った音程を周期的に上下に振る技術です。
人間の耳は1秒間に6周期以上のビブラートを聴くと、音程の上下をあまり聴き辛くなると言う特性があるそうです。
つまり1秒間に6回程度のビブラートであれば、さり気なく、ばれずに音程、倍音のコントロールが出来ます。

■ しゃくり、ディッピング、ポルタメントなど
ここでは詳しくは書きませんが、しゃくり、ディッピングは下から音程を上げる技術で、いずれも音程をコントロールする技術です。
音程をコントロール出来ると言う事は、倍音もコントロール出来ます。
時によく目立つ様に、時に目立たない範囲で、、が歌唱においては重要だと思います。

共鳴周波数のコントロール方法はこちら

全て母音を「さり気なく変える」と言う事になりますが、体のどの部位をどの様に操作するかはこちらになります。

■ 唇を円形にする
→全ての共鳴周波数を低くします

■ 唇を横に開く
→全ての共鳴周波数を高くします

■ 顎を下に落とす(顎を開く)
→第1共鳴を高くします

■ 喉頭を下げる
→第1共鳴を低くします

■ 喉頭を上げる
→第1共鳴を上げます

■ 舌を前方に移動する
→第1共鳴を低して、第2共鳴を上げます

僕たちインストラクターはこれらのコントロールをツールをにして、クライアント様に合った最適な共鳴テクニックをご提供していくのです。

例を挙げてみましょう

「あ」母音のコントロール方法
例えば、「あ」母音の発声時に第1共鳴が強烈にエネルギーを持ってしまい、結果的に第2共鳴も干渉により過度なエネルギーを持つ、それに寄って叫んでしまうのであれば、
喉頭を下げて(第1共鳴を下げて)、唇を丸めて(共鳴周波数を低くする)事によってコントロールを容易にしていきます。

「あ」母音でベルティング発声をする場合
逆に非常に声のコントロールが上手な方の場合、唇を横に開いて(全ての共鳴周波数)、喉頭は上げすぎないようにして(第1共鳴を上げすぎないように)と言う指示でベルティング発声のトレーニングを行う事もあります。

「い」母音のコントロール方法
第1共鳴が非常に低い「い」母音を歌う時には「顎を開いて」と指示して第1共鳴を持ち上げ、裏声の響きを強化したり、ひっくり返りを防止したりします。

このようにまるで母音をチューニングする事によって共鳴法を学習するのです。

ビブラートによる共鳴法
高音部の発声で、つまり倍音同士が離れてしまって上手に共鳴し辛い高さでは積極的にビブラートをかけ、倍音を振ります。
ビブラートは声道の形にも影響がでますので、共鳴周波数、そして倍音を振る事で最適な共鳴を得られるように仕向けます。

追記 ブリッジ(パッサージョ)で母音を「丸める」のはなぜ?

「あ」母音は怒鳴りやすく、取り扱いが難しい母音

男女ともに地声で歌う際の問題が起こるエリアはE4からA4の間くらいとされています。


この図でみると、あ母音は第一共鳴(F1)が730Hz。第2共鳴(F2)が1090Hzで高い周波数帯域である事。
そしてF1とF2が近いのが分かります。

・F1とF2の周波数が高いと強いエネルギーを持つ。
・F1とF2の周波数が高いとお互い干渉がおき、強いエネルギーを持つ。
このような特徴があり、非常にパワフルな発声をしやすい母音と言えます。
逆に言えば「あ」母音はパワフルすぎてコントロールが難しい母音とも言えます。

E4からA4はあ母音の共鳴特性に直撃する
地声発声において第2倍音と第3倍音は非常に重要な役割を果たすと言われています。

この図は各ピッチごとの周波数をまとめた表です。

あ母音で問題の起きやすいエリアに赤で囲ってあります。

E4が約330Hzですので、
第2倍音 660Hz
第3倍音 990Hz
あ母音のF1(730Hz)が第2倍音。F2(1090Hz)が第3倍音に非常に近くなります。

F4は約350Hzで、
第2倍音 700Hz
第3倍音 1050Hz
で、さらにあ母音のF1(730Hz)に近くなります。F2(1090Hz)はほぼ直撃と言って良いでしょう。

F#4は370Hzで、
第2倍音 740Hz
第3倍音 1110Hz
ですので、あ母音のF1(730Hz)とF2(1090Hz)にほぼ直撃します。

このようにあ母音の持つ増幅特性とマッチしすぎてしまう事で、増幅されすぎる=叫んでしまうとされています。

ここで登場する技術があ母音とお母音の中間を取るように「母音を丸める技術」です。

ではこちらのUHの発音を観てみましょう。
あ母音と比べて、唇を円形にして、喉頭を少し下げて発音する母音です。
これによりF1を520Hzに下げる。F2は1190Hzに上がります。

これにより
1 F1とF2が離れるのでF1とF2間の干渉が少なくなる
2 F1と第2倍音をズラして過剰な増幅を抑える

E4が約330Hz。
第2倍音は660Hz。
第3倍音は990Hz。
UH母音の発音によりF1(520Hz)が下がります。第2倍音がF1を超えています。
F2(1190Hz)も第3倍音とまだ遠いです。

F4は約350Hzで
第2倍音 700Hz
第3倍音 1050Hz
UH母音のF1(520Hz)。第2倍音がF1を超えています。
F2(1190Hz)はには大分近づいてきました。

F#4は370Hzで、
第2倍音 740Hz
第3倍音 1110Hz
UH母音のF1(520Hz)。第2倍音がF1を超えています。
F2(1190Hz)は第3倍音とほぼマッチしました。

このようにあ母音をUH母音に(リスナーにばれないように)変更する事により、第2倍音とF1をDe-Tuningする(共鳴から外す)します。
この技術で過剰なエネルギー増幅を押さえ込む事が出来ます。
これによりブリッジで叫んでしまうのを防ぐ事が出来るのです。

終わりに。

どうでしたか?
けっこ〜難しいお話しだったかもしれないですし、クライアント様であれば「なんでこんな指示を出されたのか理解出来た!」と言う方も多いのではないでしょうか?
シンガーは共鳴の使い手であり、母音のチューニング・マスターになる必要がある事がわかったのではないでしょうか?

もちろん、これらの技術は、高い喉頭の運動機能あっての事ですので色々な方法論でトレーニングを積む必要はあります。
あとは実践だ・・・!
がんばれ!

次の記事 歌声における共鳴と母音による音色の聞こえ方について

この記事を書いた人

桜田ヒロキ
桜田ヒロキ
セス・リッグス Speech Level Singing公認インストラクター日本人最高位レベル3.5(2008年1月〜2013年12月)
米Vocology In Practice認定インストラクター

アーティスト、俳優、プロアマ問わず年間およそ3000レッスン(のべレッスン数は裕に30000回を超える)を行う超人気ボイストレーナー。
アメリカ、韓国など国内外を問わず活躍中。

所属・参加学会
Speech Level Singing international
Vocology in Practice
International Voice Teacher Of Mix
The Fall Voice Conference
Singing Voice Science Workshop

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